第148話 顔も見たくない


「私はもう都に戻りたくない」


 にこやかに言うウス上皇にきょとんとするツツカワ。

 すると、ウス上皇がふふっと笑う。


「そんなにおかしいことか?」

「あ、いえ……そのぅ……」


 どう言おうか迷うツツカワ。

 ツツカワにしてみれば願ったりかなったりなのだが、逆に怪しむレベルであった。


(どういう意味だ?)


 ウス上皇の心を計りかねていると、上皇は竹筒に口をつけて少し酒を飲む。


「もうあの連中と関わりたくないのだよ」


 嫌そうな顔になる上皇。


「散々、人を良いように扱っておきながら、いらなくなればポイだ。真面目に働くのもバカバカしい」

「は、はぁ……」


 少しだけ怒りをにじませる上皇に困惑するツツカワ。


「長年寄り添った妻でさえ、実家のタカツカサとコノエに戻った。朕はもはやあのような所に戻りたくない。ずっとここで暮らしたい」

(……そういうことだったのか……)


 確かにツツカワの元にもウス上皇が「朝廷を怨みに思っている」という情報が入っていた。

 だが、同じ怨みでもこれは違う。

 警戒すべき怨みでは無いのだ。


「私はもう戻りとうない。太宰を辞めたら、そのままここに住むと伝えてほしいのだ」


 ウス上皇の言葉にツツカワは困り果てた。


(確かに怨みには思っているようだが……)


 そもそもが「二度とあいつらの顔を見たくない」は話が別である。


「ヱキトモもモチナガも帰って欲しいと思っているようだが、私はもう絶対に戻らぬ。この地で暮らす」


 仏頂面で答えるウス上皇にツツカワは安心半分、呆れ半分で見ていた。


(この方は……こちらの方が水にあったのだな……)


 実はこういった「住めば都」のパターンは割とある。

 左遷されたけど、そっちの方が楽しかったとか。

 流刑先の方が性に合ったとか。


 人間の縁は不思議なもので、暮らしが不便な所の方が気持ちよく暮らせることもあるのだ。

 確かに暮らし向きも華やかさは都に比べれば大幅に劣るだろう。

 だが、意外にそっちの方が暮らしやすいこともあるのだ。


 そしてウス上皇は「そっち側」の人間だった。

 だが、ツツカワにはその気持ちが少しわかった。


(確かに殺伐とした朝廷に比べればはるかに良かった)


 ツツカワが西海に来たときは現地の郡司が好き勝手やっていた。

 だが、ツツカワはそこでめげずに少しずつ色んな物を整理していった。

 そうすると気付いたころには全員が従うようになった。


(イワイが襲ってきたのには驚いたが……)


 西海最大の勢力を叩き伏せたことで風向きが急転。

 今ではツツカワの第二の故郷と化している。

 ウス上皇はしみじみと言った。


「お前も気を付けよ。何やら戦をしようとしているようだが、あそこには魔物が居る。決して後ろを見せてはならんぞ?」

「……ありがとうございます。伯父上」


 おじさんの言葉にツツカワは深々とこうべを垂れた。



 登場人物紹介


 ウス上皇

 

 名前の由来は宇多天皇と崇徳天皇。

 崇徳天皇は呪いの話が有名だが、実際には讃岐の土地が性に合って、穏やかに暮らしたという説があるのでそこに焦点と当てました。

 都が嫌になって二度と帰りたくないと隠遁に入ってしまった上皇。

 もう都の権力抗争には関わりたくないのが本音。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る