月海の剣士は永遠に舞う

第146話 八百長腕相撲

　曲がりなりにも立場があったトーノはこういった場では空気を読むが、ヨミは全く空気を読まない。

　あまりの乱行に耐え兼ねたのか、その間を割って入る男が居た。

『ヨミ殿。お戯れはおやめくだされ』

　西海軍に支援を指示したアクサフが前に出る。

　その神経質そうな顔に怒りを抑えているのがわかり切った顔で止めている。

　だが、ヨミも引き下がらない。

『ヨミ殿。おふざけや冗談はほどほどにしていただかないと……』

『俺はいつだって本気だぞ！　女の子と合体するためには何でもやる男だからな！　』

『堂々と言っていいセリフじゃないでしょ！　』

　そう言ってヨミを小突いてから止めに入るアカシ。

　そこにトヨタマやタマヨリもヨミを引きずるように止めに入る。

『おやめくださいヨミ殿』

『年考えなさいよ、この老いぼれ！　』

　寄ってたかって怒られるヨミを見て苦笑するトーノ。

　横に居るシュンテンに笑って声を掛ける。

『相変わらず困ったジジイだなぁ……なあシュンテン……シュンテン？　』

　いつの間にかシュンテンが居なくなっていた。

　トーノがヒョウ柄の偉丈夫がどこに行ったのかを探すと、シュンテンの声が意外な所から聞こえる。

『相変わらず元気そうじゃねーか老いぼれ』

『相変わらず弱そうじゃねーか若造』

　そう言って睨み合いを始める二騎。

　この二人は皇都でしょっちゅう喧嘩していた。

『てめぇとはまだ決着が付いてなかったからなぁ……』

『決着なら何度も付いてるだろぅ？　お前が勝った事無かったじゃねーか』

　悔しそうな顔になるシュンテンと得意げなヨミ。

　まだ全盛期のヨミに若かりし頃のシュンテンが喧嘩を吹っかけまくっており、やられたシュンテンが負けを認めなかっただけなのだが……

　すると、間に別の者が入る。

『ヨミ殿、シュンテン殿、やめてくだされ。ここは親交を結ぶために行われた宴席ですぞ！　』

　アクサフが間に割って入る。

　相棒が政治家なので何かと調整を求められることが多い彼はこういった役柄である。

　だが、もう一人のうるさいのが声を上げる。

『あらあら、面白いこと始めたじゃない。あたしも混ぜて♪』

　ナイシノスが白魚のような手をあげて間に入った。

　そして面白がるように言った。

『こういった場で殴り合いしたらダメでしょ？　やるんだったら、あたしが合体してあげるわよ？　』

『喧嘩は良くないな』

『全くだ。仲良くしようぜ』

　二騎ともすぐに意見を翻して握手する。

　だが、ナイシノスも空気を読まないことには定評がある。

『そうねぇ……腕相撲で勝った方と合体してあげるわよ？　』

『必要ないって俺達マブダチだから』

『そうそう！　超親友だから』

　握手しながら肩を組み始める二騎だが、その握手をそのまま腕相撲へと持っていくナイシノス。

『はい、じゃあその手をそのままに腕相撲しようか？　』

『話聞けよ』

『もう無理だ。やるぞ』

『仕方ないなぁ……』

　そう言って二人が地べたに這いつくばって腕相撲の態勢になる。

『じゃあ、はっけよ―――い……のこった！　』

　バァン！

　いきなり二人の手が離れて双方の手の甲が地面にたたきつけられる。

『『『『『・・・・・・・・・・・・』』』』』

　双方とも負けるように動かない限り、手が離れることは絶対ない。

　あり得ない出来事にきまずい空気が流れるのだが、先に動いたのはヨミだった。

　ヨミが苦しそうに手の甲をさする。

『なんて力だ。あまりに激しいアウルの迸りに俺の手が地面にたたきつけられた』

『どうやったら誰も乗ってないのにアウルが使えるのよ』

　アカシが呆れてヨミの頭を小突く。

　だが、ここで人生経験の差が生まれた。

『あ……え……』

　何も言い返せないシュンテン。

　それを見逃すヨミではない。

　すかさずシュンテンの手を取って上へと上げる。

『お前の勝ちだシュンテン。ようやく俺に勝てたな』

『わしの勝ち……わしはようやくヨミに勝ったのか？　』

　嬉しそうに笑うシュンテンだが、ヨミはその手をそのままナイシノスに渡す。

『じゃ、どうぞ』

『ありがと。じゃ、行きましょか』

『あ……え……っておーーーーい！！！！！　』

　ようやく罠に嵌められたと気づいたシュンテンだが、時すでに遅し。

　ナイシノスに引きずられて暗闇へと消えていく。

　それに手を振りながらヨミは笑って言った。

『さてと！　じゃあ、遠慮なく他の子と合体しますか！　』

『ダメに決まってるでしょ！　』

　そう言ってアカシはヨミを小突いた。