第133話 密談


 太宰府には色んな部屋があり、概ね行政に関わるものが全てある。

 当然ながら、各係の連携を取るための会議室がいくつも存在している。

 使い方は簡単で戸の前にある札を『使用中』に変えるだけ。


 この世界の建物は壁が竹で出来ているのだが、会議室は密談がしやすいように防音には気を使っており、竹を幾重にも重ねて外に音が漏れにくくなっており、窓も閉められるようになっている。

 

 刀和はその会議室の一つに入り、モミジに入るよう促す。


「こちらです」

「おおきに」


 ゆるりと入るモミジ。

 刀和は戸に鍵を掛け、火打ち石を使って種火を作る。

 ここに来て長いので火打石で火を付けられるようにはなったのだが……まだ、下手なのでまごまごしていた。


 もにゅ


 するとモミジがその白魚のような手を刀和に合わせて言った。


「窓を閉めはるのなら私が火を付けますえ? トワはんは窓を閉めてくだはります? 」

「わかりました」


 そう言って離れる刀和。

 少しだけ重ねられた手を凝視する刀和。


(なんだ今の? )


 重ねられた手に違和感を感じたのだ。

 柔らかく、女性らしい手ではあったのだが……


(変な感触だったな……前にも似たような経験があったような……)


 手の感触を思い出そうとする刀和。

 だが、そうこうするうちにモミジが蝋燭に火を付けたので窓を閉めた。


 ふっ


 まだ、電灯の無い世界のために日の光がささない所は暗い。

 とはいえ、多少は隙間から光がこぼれているので全くの暗闇ではない。


 蝋燭を前に怪しく微笑むモミジ。


「そんな遠くにいらしたら、内緒の話もできませんえ? もっと近くによらはったらいかがどす? 」

「わかりました」


 そう言って近寄る刀和。

 だが、刀和とて迂闊に近寄っているわけでは無い。


……)


 超低重力下で暮らしているので、この世界の人はよほどの怪力でない限り刀和には勝てない。

 何かあっても腕力でどうにかなると言う自信はあった。


「それで……僕に何の用ですか? 」

「話が早くよろしゅうどす。トワはんはどうやってヨミの相棒になったんどすか? 」


 じっと見つめて尋ねるモミジ。

 意図を注意深く観察して刀和は答えた。


「行きがかりですね。助けてとお願いしたら助けてくれました」

「ほほほほ……」


 それを聞いてコロコロ笑うモミジ。


「ヨミはんは優しおすから、人間を助けはるのは日常茶飯事どす……うちが聞きたいのはトワはんが何をやったかどす」

「そう言われても……」


 流石にちょっと困り顔になる刀和。

 未だにヨミが自分の相棒になった理由がわからないのだ。


「ヨミに聞いてもらうしかないです。僕はただ、行きがかりでなったとしか言えないです」

「おかしな話どすなぁ……」


 訝し気に扇で口元を隠すモミジ。


「ヨミはんは自分の相棒が決まっていて、彼以外を相棒にすることは無いと言うてはりましたよ? ほんで昔の相棒が見つかりはったんやなぁと思いましてん」

「……へっ? 」


 言われてきょとんとする刀和。


「どういう意味ですか? 」

「どういう意味も何も……以前にお会いした時には相棒はすでに決まっているような言い分でありましたなぁ……それも以前にも相棒を組んだみたいな言い方でありはった」

「そんな馬鹿な……」


 刀和がこちらに来たのは3か月前である。

 それまでは地球の日本に居たので会った事は一回も無い。


「あの無窮須臾むきゅうしゅゆも本来は相棒の持ち物だと言ってはりましたよ? 」

「それなら絶対ありえないです」


 刀和が言うのも仕方ない。

 そもそも、

 当然ながら、決して壊れない無窮須臾を刀和が持っていること自体があり得ない。


 だが、そこが不可思議なのはモミジも同様らしい。


「ほんで不思議やなぁ思いましてん。うちがお聞きしたのも数年前でしたんよ。詳しく聞きましたら、相棒を組んでたのも四十年も前という話やってん。食い違いが激しいおもいましてん」

「確かにおかしいですね……」


 当り前だが、刀和はまだ二十歳にもなっていないので40年前には父親の金玉の中にすら居ない。

 ちなみに父親がまだアラフォーなので父親自体も生まれたばかりである。

 

「一体何で相棒にしはったのか不思議で不思議でしょうがないんどす」

「……確かに不思議な話ですね」


 モミジが怪しい笑みを浮かべて尋ねた。


「ひょっとしたらお父上がヨミの相棒になられはったとか? 」

「それもあり得ないですね……」


 刀和の父は食品会社に勤めるそれなりの上役で色々忙しい毎日を送っている。

 また、昔から金剣町に住んでおり、多少は他県に行くことも海外に行くこともあるが、住まいはずっと金剣町である。


 小中高のアルバムは勿論、大人になってからも町の名物の『宝満祭り』に毎年出ているお祭り男でもあるので、周りの大人に聞いても父だけは一回も欠かすことは無かったそうだ。

 そして、これも重要だが、毎年記念写真を撮っており、そこには必ず自分の父親が居たことを刀和は覚えている。

 当然ながら『異世界に行って晶霊の相棒になっていた』という話は一切無い。


 そこで、刀和は大事なことに気付く。


「うん? 」

「どうされましたん? 」

「そういや初めて会ったとき……」


 刀和は思い出した。


「僕のこと……『万代刀和』と言ったような……」


 この世界は世界こそ和風だが、名前は『名=姓』である。

 それに……


「あの時……明らかに日本語で言っていたような……」


 忘れがちだが、刀和も瞬もこちらの言葉に変換されて喋っている。

 さきほどの京都弁も『そんなように聞こえる』だけである。

 実は今の刀和は意図的にじゃないと日本語でしゃべれない。



 ヨミは日本語でしゃべったのだ。



 大事なことを聞き逃したことに気付く刀和。


(そう言えば僕はヨミのことをほとんど知らない……)


 当代随一の剣士の相棒を手に入れて望外の奇跡に喜んでいただけのような気がしたのだ。


(……こんなんじゃ、晶霊将になんてなれやしない……)


 やはり刀和も男である。

 瞬が晶霊将になったのは嬉しいが、そこは自分の力で好きな子を守りたいのだ。


(もっとよくヨミの事を知らないと……信頼関係が結べない……)


 『能力』に目覚めるには『信頼関係』が大事になる。

 自分の足りない所に気付いた刀和は少しだけ気がめいった。


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