第95話 悠長な対応


 刀和はすぐに太宰府に連絡したが、当然ながら混乱した。


 晶霊が人を攫うのはそれなりに意味があってのことだ。


 刀和はツツカワ親王に詳細を伝えているとツツカワは困った顔になった。


「目が潤んでいる晶霊……ウルメのことか? 」

『ふむ……誰かウルメを呼んで来い』

『はっ! 』


 慌てて件の晶霊を探しだす晶霊兵たち。

 西海大毅ホーリもいつもの威厳ある強面も心なしか歪んでいる。

 


『しかし、何でまた急にそんな真似をしたのやら……』


 不思議そうなホーリ。

 ホーリは西海太宰軍の司令官である大毅である。

 ちゃんと晶霊たちの管理はしていたつもりなので突然の凶行に戸惑いを隠せない。


『ウルメはそんなに頭は良くないが、変な真似をする奴では無かったのだがなぁ……』

 

 不思議そうなホーリだが、刀和は尋ねる。


「そのウルメって晶霊はどんな人なんですか? 」

『うん? ああ、ヒムカのヒロツグの相棒でな。相棒は少々問題のある男だが、ウルメ自体は正直者なのだよ』

「ヒムカのヒロツグ……あいつかぁぁぁぁ!!! 」

「トワ落ち着け! 」


 瞬時に沸点を越える刀和とそれを押えるライン。

 ライン達も異変を聞いて駆けつけたのだ。

 ホーリとツツカワはいつも大人しい刀和の怒りようにきょとんとする。


「何かあったのか? 」

「すんません実は……」


 ラインが夜に起きた出来事を話すとツツカワの顔があきれ顔に変わっていく。


「ひょっとしてそんな下らん理由でそんな真似をしたのか? 」

「多分……」

『あいつはアホか! 』


 いくら何でも痴情のもつれで人を攫うなどありうるのかと言いたくなるが……実は昔はよくあった。

 誘拐婚という言葉があるぐらいで、攫って無理やり結婚するという風習も場所によってはある。


 また、地方の豪族が無理矢理領地の娘をかどわかして手籠めにすることが非常に多い。

 まっとうな領主ならやらないが馬鹿は平然とやるのだ。

 どこにでも「法律を都合よく解釈」する奴は居るのだ。


 とはいえ、すぐに対応しなければならないのも事実だ。

 ツツカワが宣言する。


「彼女をすぐに返すようにヒムカのウマカイに書状を送れ。それからウマカイ及びヒロツグに太宰府に出頭を命じよ。他にもいろいろと聞きたいことがある」

「はっ! 」

 

 アント郡司がすぐに書状の準備を始める。

 そしてツツカワが刀和に声を掛ける。

 

「とりあえず安心しなさい。ヒムカのウマカイは有力な豪族だが、太宰府に盾突いてまでどうこうできるほどではない。近日中に返還させるようにして、彼らにもそれ相応に処罰をさせよう」

「それ相応にって……その間に瞬はどうなるんですか! それにドームさんも捕まったんですよ! 」


 怒りをあらわにする刀和だが、困った顔になるツツカワ親王。


「言いにくいのだが、ドーム殿は流刑も同然だ。死んでもそれまでなんだ……」

「そんなのって……」


 流刑がどんなに酷いことなのかと聞かれてもピンと来ない人も多いだろうが、言うなれば「そこで死ね」と言っているも同然なのだ。

 故にどんな目に遭っても他人事である。

 ただ、流刑に遭っても現地の空気が合うことがあり、そこで逆にうまく行く場合もあるのだ。

 場合によってやり直しがきくだけで、基本は「死刑」と一緒である。


 ツツカワが困り顔で答えた。


「とはいえ、ドーム殿は私の師でもある。後は私が追いかけるから心配しなくてよい」

「だったら僕も……」

「トワ! ちょっとこい! 」


 慌てて刀和の襟を引っ張って離れるライン。

 無重力故にふわふわと揺れながら連れられて行く刀和。

 ラインはその野性的な顔をちょっと怒らせて小声で教える。


「馬鹿! そんなことはやっちゃダメなんだよ! 」

「なんで! 」

「流人を手厚く対応したのがバレると、お前までありもしない処罰を食らう羽目になるんだぞ! 」

「そんな……」

「特にドーム殿は都の三摂家に睨まれている! 下手するとお前まで死刑になるぞ! 」


 この時代の司法はザルである。

 罪人を庇っただけでも罪を一緒に被ることもあるのだ。

 たとえそれが無実の冤罪であったとしても……


 それに気づいた刀和は悔しそうに顔を歪ませる。


「でもそんなのって……」

「ああ、理不尽だ。だけどそれが世の中だ……」


 ラインも悲しそうに答えるのだが……急に悪戯っぽい顔つきに変わる。


「でも気に食わねーだろ? 」

「うん」

「シュンも助けたいだろ? 」

「当たり前だろ? 」


 あっさり答える刀和。

 それを聞いて嬉しそうに笑うライン。


「じゃあ、ちょっとこっそりやっちゃおうぜ? 」


 ラインは嬉しそうに笑った。


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