第94話 誘拐


 そして数日後……


 事件はあまりに唐突に起きた。

 刀和と瞬はいつもの様にドームへの食糧配達に行っていた時の事だった。


「ドームさん。これをお好きとお聞きしましたので買ってきました」

「おお! 梅が枝餅か! 」


 刀和が持ってきた好物を見て嬉しそうに目を輝かせるドーム。

 

 梅が枝餅とは餡子を薄い餅でくるんで鉄板で焼いた菓子でドームの好物でもある。

 嬉しそうに一つ頬張るドーム。

 いつもは威厳のあるダンディ中年のドームがほっこりした顔になった。


「これだ! これで良いんだよ! 」


 誰かのような言葉を吐くドーム。

 瞬が笑って言った。


「ドームさんもそんな顔になる時があるんですね? 」

「うむ! ここに来た当初はメシもろくに食べられなかったからな。そんな時にこの餅を売っている婆さんが分けてくれてな。それ以来大好きになった」

「そうなんですか? 」


 それを聞いて不思議そうな顔の瞬。

 同じく不思議そうな顔をした刀和と顔を見合わせてしまう。


「私らが買いに行ったときはおばさんが売ってたよね? 」

「そうだね」


 刀和と瞬が買った時は普通におばさんが売っており、談笑していたのだ。

 その時にドームの好物であると知ったのだ。


 だが、ドームは少しだけ悲しそうにした。


「婆さんは流行病で死んでしまってな……この餅の恩を返せなかった……」


 ドームの言葉に思わず静かになる刀和と瞬。

 だが、ドームは悲しそうに笑う。


「君たちも周りの人は大事にした方が良い。居なくなってからでは何もできないのだから。今ある縁を大切にしなさい」

「「……はい……」」


 しんみりと答える刀和と瞬。

 それを見てふっと笑うドーム。


「年を取ると説教臭くて行けない。さてと、いつものあれをやっておこうか? 」

「うっ……」


 嫌な顔になる瞬。

 正直に言えば完全にやり飽きていた。

 最近では文字を書くのも嫌になるレベルである。

 同じことを何度も書くのは拷問に等しい。


 そんな時だった。


「お、おい! 止まれ! 」「他の番を呼べ! 」「は、はい! 」


 表が騒がしくなったのだ。


「なんだろ? 」


 不安そうな瞬。

 するとドームが険しい顔になり、二人の袖を引っ張る。


「伏せるよ! 」

「えっ? 」

「いぇっ? 」


 きょとんとする二人を無理やり地面に押し付けるドーム。


ドガシャァ!ザシャァ!


 三人が居た竪穴式住居が一瞬で吹っ飛んだ!

 昼の明るい光が差し込んで一気に周りが明るくなる。


「一体何が……」


 不思議そうにしているドームの目の前には一騎の晶霊が居た。


 目が泣きそうに潤んでいる青い晶霊で、手には斧を持っている。


『みつけたよう……』


 そう言って晶霊は左手を伸ばして瞬を掴んだ!

 慌てて晶霊の指に飛びつく刀和。


「何すんだよ! 放せよ! 」


 必死で縋り付くが微動だにしない晶霊の指。


ボクゥ!


 何者かに蹴られて刀和が吹っ飛ばされる!


「刀和! 」


 瞬も慌てて手を伸ばすが届かない!

 

「くそっ!」


 慌てて晶霊に向かって行こうとするがその前を数人の男たちが遮る。


「おっと! ここから先は行かせねぇぜ……」


 そう言って竹槍を持って刀和を脅す男たち。


 この世界にも一応、人間用の槍はある。

 ただ、鉄が貴重なため、竹槍ではあるが……


「あの子はヒロツグ様の物になるんだ。お前は下がってな」

「ヒロツグ……あの時のやつか! 」


 いつも穏やかな顔を険しくゆがめて唸る刀和。


「トワ君! 一度下がるんだ! いくら何でも無茶だ! 」


 慌てて止めるドーム。

 ところが男たちの一人が声を上げる。


「おっと、あんたにも用事があるんだぜドームさんよぉ? 」

「な、なんだ? 」


 刀和の前へと進み出るドーム。

 それを見て男がにやりと笑う。


「来て欲しいってさ」


どがっ


「げふっ! 」


 男の一人がドームの腹に蹴りを加えたのだ。

 男たちはドームの襟首をつかんで引っ張ると、ドームの体がふわりと浮き上がりそのままシャチ船に乗り、晶霊は瞬を連れて立ち上がった。


『ここにはもう用は無いよ? 』

「よし! 野郎ども帰るぞ! 」


 そう言ってあっという間に去っていった。

 後に残された刀和は呆然としてしまった。


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