第90話 進路とは?


 太宰府にも診療所が存在する。

 というよりも医者が常駐するような場所はここにしかなく、一般人もたまにここへ治療に来ている。


 オトたちは診療所に瞬を運んだ。

 程なくして、刀和もやってくる。


「瞬が倒れたって! 」


 慌てたのか、汗だくでやってくる刀和。


「大丈夫か! 」


 一緒に居たライン達も来てくれた。

 全員が瞬の元へと泳いでやってくる。

 救護室と言っても床張りなので床に置いた寝袋の中に休ませている。

 

(蓑虫みたいだなぁ……)


 刀和は眉を顰めるが、無重力故に暴れると部屋中に動き回る形になるので、どうしてもこういった形になりがちなのだ。

 この寝袋は野宿や大勢を休ませるために大部屋で寝る時も使われている。

 オトが沈痛な面持ちで答える。


「アカシに乗ってみようと考えた矢先に倒れたんだ。多分、色んな事が頭によぎったんだと思う」


 オトたちには精神病の細かい考えはわからないが、フラッシュバックがあること自体は知っていた。

 よく、異世界の人が何も知らないと思われがちだが、民間で大体のことはわかっているのだ。


 そもそも学問とは経験則を体系立てた物である。


 知っている人は知っている程度のものをかき集めて一つの形にしたものなので、朧気には理解しているのだ。


(瞬……)


 心配そうに瞬の寝顔を見る刀和。

 眉を顰めて苦しそうにしている。

 

 悪夢にうなされているようだった。


「……助けて……嫌……」

「瞬……」


 刀和はおもむろに顔を歪めて声を上げた。

 

「何で会わせるような真似したんだ! 」


 急に怒鳴りつける刀和の剣幕にびびるオト。


「お、落ち着いて! あたしはただ……」

「こうなることはわかってただろう! 」


 そう言ってオトに問い詰める刀和だが、それを止める者が居た。


「落ち着きなよ。この子はこの子で思い悩むことがあったんだよ」


 間に入ったのは狸顔のぽっちゃりお姉さんアミ=ワタセだった。


「この子は昨日、嫌な目に遭ったんだ」


 そう言ってアミが事情を説明してくれる。

 それを聞いて悲しそうな顔をする刀和。


「そんなことが……」


 瞬にとっては昨日の一件は自分の進退を考えさせる出来事だった。


 学校に居る時は朧気にしか考えなかった進路だが、今の二人にとっては文字通り「生活」が掛かっているのだ。


 ただ、漫然と生きても御飯は食べられない。

 

 世の中を考え、時勢を読み、その上で学ばなければいけないことを学び、自分が出来ることを増やし、『生き方』の幅を広げなければいけない。


 現実の日本でさえ、漫然と生きても職は続かないし、すぐに人生の先が無くなる。


 まして、その何倍も厳しい異世界なのだ。


 頭の良い瞬だからこそ、明日を悲観して無理してしまったのだ。


(早く気づいてあげるべきだった! )


 自分の失敗を悔む刀和。

 

 とはいえ、刀和自身も晶霊士に早く慣れようと大変だったのだ。

 世の中とは必ず都合の悪いことが重なるものなのだ。

 ラインが刀和の肩を叩く。


「とりあえず、今日は医者に任せて帰ろう。今はゆっくり休ませてやれ」

「……わかった……」


 刀和は肩を落としてふよふよと力なく泳いで去っていった。



 瞬が晶霊士から除名され、オトの家人に戻るのはそれから一週間後の事である。


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