第91話 降格


 そして数日後……


『『『『『くじゅうしち! くじゅうはち! くじゅうく! ひゃく! 』』』』』


 他の晶霊兵に混じって素振りをするアカシの姿があった。

 

 晶霊兵に戻った晶霊士は悲惨である。


 一種の降格でもあるので、ある意味ゼロからより辛い。

 そんな中でもアカシは懸命に頑張っていた。


『ようし! 次は走り込みだ! 全員太宰府十周! 』

『『『『『 はい! 』』』』』


 アカシが入っているのは『近衛』と呼ばれる常備兵である。


 太宰府には戦時下においては1000もの晶霊を集めることが出来るのだが、その全てが居るわけでは無い。


 リューグの町でもそうだったように普段はその十分の一程度の晶霊しか常備していない。

 この晶霊兵は緊急時に出動する要員であると同時に晶霊士の候補でもある。

そうなると、一度晶霊士になった者に対しては自然と風当たりが厳しくなる。


「あいつか? 」「そうだ」「相棒に捨てられたんだってな? 」「いや、相棒を捨てたって聞いたぞ? 」「うへえ、マジか? 」「よくそんな恥ずかしい真似出来るなぁ」


 こそこそと陰口が聞こえるが唇を噛んで我慢するアカシ。


(あたしはシュンを外に出してしまったのも事実! )


 心の中で厳しく自分を叱りつけるアカシ。


(シュンが受けた苦しみを考えればこれぐらい! )


 必死で我慢しながらも訓練を受けているアカシだった。

 すると、陰口を叩いていた男たちの後ろから青と白の鮫を思わせる晶霊が声を上げて肩を掴む。


『あなたたち? あたしのお姉さまに何か用かしら? 』


メキメキメキメキ


 陰口をたたいていた晶霊たちの肩を力いっぱい掴むタマヨリ。

 肩を掴まれていた晶霊の顔が痛そうに歪む。

 すると、後ろからウェーブがかかった黒髪ショートの晶霊も声を上げる。


『そんな陰口をたたくのは武士として恥ずかしいぜ? 』


 年若いゴツゴツとした緑色の肌をした男晶霊がひらひらと手を振る。

 兄と違い、強面と言うよりは軽薄な顔つきで愛嬌を感じさせる風貌をしている。


 フキアエズという名前の晶霊で、実はツツカワ親王の相棒であるホーリ大毅の弟である。

 だが、タマヨリはそれを聞いてにやりと笑う。


『あーら? 武士とは程遠いあなたが言うセリフではないでしょうに? 』

『お姉ちゃん離れが出来ない女よりはマシだと思うぜ? 』


 そう言ってギリギリと睨み合う二人。

 どうやらライバル同士のようだ。

 それを見てそそくさと距離を取る陰口を叩いていた晶霊たち。


 タマヨリもフキアエズも相棒こそ持たないが、晶霊兵の中では強い。

 だが、タマヨリもフキアエズも『ある理由』があって相棒を持てない立場なだけであって、本来ならすでに晶霊士となってもおかしくない実力者でもある。

 走りながら二騎にお礼を言うアカシ。


『ありがとう……』

『良いってことよ! 』


 親指を立てて笑うフキアエズ。


『そんな! お姉さまのお役に立つことこそが私の喜び! お気にしないでください! 』


 熱っぽい視線でアカシの手を握るタマヨリ。

 アカシの邪魔にならないように走りながらも手を握って後ろ向きで走るその様は逆に不気味ですらある。


(後ろ向きであたしの歩幅と歩数と速度に合わせて走るなんて……)


 タマヨリの変態的な動きに恐れおののくアカシ。

 フキアエズが笑って言った。


『兄貴からも言われてるんだ。アカシはすぐに晶霊士に戻るから見てやってくれと』

『……えっ? 』


 きょとんとするアカシ。

 だが、フキアエズは続けて言う。


『兄貴は気にかけてるみたいだぞ? これからは彼女の力が必要になるから早く晶霊士に戻ってもらわないとって言ってた』

『でも、あたしはしばらく持つつもりはないのに……』


 アカシが言うのももっともで相棒が解消されると晶霊であっても人間であってもしばらくは持とうとしない。


 寝食を共に過ごし、生死を共に分けた相棒を解消するのだ。


 どちらに非があってもやろうとはしない。


 中には相棒を『消耗品』としか考えない奴も居るが、そう言った晶霊でもない限り、そんなことは考えないのだ。

 だが、フキアエズは笑って言った。


『兄貴はどうにかするって言ってた。兄貴の言うことなら間違いない! 』

『はぁ……』


 不思議そうな顔でアカシは首を傾げた。



 人物紹介



フキアエズ


 ツツカワ親王の相棒にして西海大毅のホーリの弟。

 ホーリに随従しており、ホーリの代行を務めたり、露払いをする役割がある。

 ある理由のために相棒を持たない。


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