第89話 フラッシュ
翌朝
瞬はオトと一緒に晶霊たちの居る宿舎へと泳いで向かった。
理由は勿論、アカシにもう一度乗るためである。
(晶霊士でなければただの庶民……)
生活の基盤が一挙に失いかねない事態なのだ。
後に残されたのは嫁に行くだけである。
(……他に選択肢が無いし……)
ちなみに瞬の中では嫁に行くという選択肢は今のところはない。
自活が第一なのだ。
(何とか克服しないと……)
コックピット恐怖症のようなものは別に珍しくない。
嫌な思いをした場所に近寄りたくないのだ。
一見すると縁遠い話のように感じるが仕事場に近寄りたくないというのもそれに似た症状である。
オトが心配そうに尋ねる。
「あんまり無理しなくても良いんだぞ? なんだったら家で雇うし、刀和も色んな仕事増えるから、文官として手伝うってのもあるんだから」
オトが心配するのも無理からぬことで、心の病は非常に難しい。
単純に気合でどうにかなる話では無いのだ。
心配するオトに対し、瞬はぎこちなく笑顔を作る。
「だ、大丈夫よ……無理はしないから……」
そう言って緊張した面持ちで晶霊たちの訓練所に向かう。
すると、真っ先に見つかったのはトヨタマだった。
『あら、シュンじゃない? ひょっとしてアカシに会いに来たの? 』
ちょっとだけ嬉しそうに笑うトヨタマ。
オトが笑って答える。
「そうなんだ。アカシを呼んでくれないか? 」
『いいわよ! アカシ~! シュンが来てくれたよ~! 』
トヨタマの大声でアカシがこっちの方を振り向いた。
それを聞いてアカシはぱっと顔を嬉しそうに輝かせて走ってくる。
『はぁはぁ……』
嬉しそうに笑うアカシ。
期待に胸を膨らませているようだ。
それを見て胸がぎゅっと締め付けられる瞬。
(こんなに嬉しがるなんて……)
来てよかったとほっとする瞬。
『久しぶりねシュン! 』
「本当に久しぶりね……」
ぎこちなく挨拶を返す瞬。
ウキウキ声でアカシが尋ねる。
『それで……今日はどうしたの? 』
言われて体を震わせる瞬。
(い、言わないと……)
恐怖にすくみながらも瞬は意を決して言った。
「あのさ……もう一度……相棒したいと思って……」
『……良いの!? 』
嬉しそうに笑うアカシ。
目には涙がうっすらと浮かぶ。
トヨタマまでもが嬉しそうにアカシの肩を叩く。
『良かったね! 』
『うん! 』
涙を手で拭うアカシ。
それを見て瞬はほっとした。
(勇気を出して言って良かった……)
アカシの姿を見て安堵する瞬。
そして、ほっとした顔で瞬はアカシに声を掛けた。
「それでね……もう一回乗せ……」
びきぃん
瞬は心の中でガラスが割れるような音が聞こえた。
それと同時に自分の周りからあらゆる音が消え、目がチカチカし始める。
(あ……あ……)
一瞬であの時の光景が瞬の脳裏に思い浮かぶ。
ぎりぎりとお腹のあたりが痛み始め、瞬はお腹を押さえる。
(だめっ! こんなことに負けちゃだめっ! )
そう思って前に進もうとするのだが、体が動かない!
玉のような汗をダラダラ流しながら、顔を引きつらせる!
はぁ……はぁ……
息が荒くなり、徐々に視界がぼやけてきた。
『……シュン? 』
「……シュン? 」
異変に気付いたのか、アカシとオトが心配そうに顔を覗きこむ。
だが、今の瞬にはそれすらも恐怖に感じてしまう。
ぐへへへ
はやくまわそうぜ
なーに痛いのは最初だけだ
じきに楽しくなるぜ
げははははは
あの時の笑い声まで聞こえ始める。
「アカ……シ……」
がちがちと歯を鳴らし、涙まで流し始める瞬。
それを見てアカシがばっと離れる。
『もういいから! 私は一人でも大丈夫だから! 』
「アカ……シ……ごめ……ん」
瞬はそのまま意識を失って倒れた。
それを見てオトが叫ぶ!
「トヨタマ! 」
『わかったわ! 』
オトの言葉にトヨタマは瞬を手に取って走った!
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