第88話 妖姫現る
さて、瞬がひと悶着起こしていた頃……
ここは西海八州の一つヒムカにあるウスキの町。
ウスキの町は山肌にあり、曲輪作りになっている。
これには理由があり、この地の領主ウマカイ=トーカがかつては西海の覇権をツクシのイワイと取り合っていたことにある。
そのため、町全体を曲輪作りにしており、屋敷自体も全盛期には常に百近い晶霊が行き来していたので、非常に広く幾重にも取り巻いている。
そんな山の斜面にできた町だが、ちょっと困った経緯がある。
元々ウスキ家の領土だったのだが、大昔の反乱で所領召し取りに遭い、その反乱鎮圧に功績を残したトーカ家の所領になっていた。
今は貴族だが、大本はやはり武闘派豪族であるトーカ家は分家の方ではまだまだ晶霊士が多い。
そんなウスキの町だが当代の領主に関してだが……非常に評判が悪かった。
彼になってから租税は上がる、乱暴狼藉が多い、そして綺麗な娘を見ると無理矢理手籠めにすると言った困った行いが目立っていた。
今日も今日とて、現当主ウマカイ=トーカは自室にて色々励んでいた。
「ひっく……ひっく……」
太ももに血を垂らし、服で申し訳程度に体を隠している少女が部屋の片隅でさめざめと泣いている。
中央に居る太った男はそれを一切気にせずに、竹筒に入れた酒を飲んでいた。
「えがった……わしもまだまだ若いな! 」
嬉しそうに事後の酒を飲んでいる。
今日の彼は機嫌が良かった。
領内でも美人と有名な部下の娘を手に入れてご満悦だ。
ウマカイの自室は広々とした50畳の部屋で寝床が付いた寝室だが、往年の権勢を反映するように豪華な調度品が床の間に飾られている。
この世界の調度品は無重力故に板に直接嵌めこむ方式のものが多く、床の間の上下左右に所せましと飾ることが出来るので和風の割ににぎやかしい。
さめざめと泣く美少女の姿を見て優越感に浸るウマカイ。
(全く……あいつも素直に差しだして居ればあんな目に遭わなかったものを……)
ウマカイは部下に冤罪を被せて殺した。
その結果がこれである。
(娘も良いが、母親のも味わってみたかったのぅ……)
残念そうに庭の方を見るウマカイ。
実は先ほど、庭の方で母親が自害してしまったのだ。
今は死体を家人に命じて片づけさせているが、血の跡はまだ残っている。
(まあ、あの娘も遊びがいがある。たっぷりと楽しもうかの)
そんなことを考えていたウマカイだが突然部屋を覆っている
一人の家人が慌てた様子で出てきた。
「なんじゃ? 入るなと命じておいたじゃろう? 」
「も、申し上げます! 本家から使いの者が来ております! 」
「……何じゃと? 」
そんな話は一切聞いていなかったので驚くウマカイ。
仮にあったとしても、こんな夜中に訪れるなどありえない。
「何かの間違いではないか? 」
「いえ! 間違いございません! トーカ家の桃の家紋の印籠を見せられました! 」
「それにしても……」
急すぎるというものだ。
中央よりもはるか遠いこの西海なら、来るのに一か月前から連絡があって当たり前である。
どうしようかとウマカイが困っていると女の声が上がった。
「ごめんなさいねぇ……急に来て迷惑だったかしら? 」
「ほわぁっ! 」
ウマカイは慌てて飛びのく!
声は後ろから聞こえてきたのだ!
「あ……えっ……あれ? 」
報告に来た家人も驚いている。
その理由は一つだけだ。
(どうやって入ってきた!? )
このヨルノース皇国の部屋は基本、部屋全体を蔀(しとみ)で覆っている。
言うなれば蔀を開かない限り、中に入れないのだ。
ドアよりも大きく開閉する蔀(しとみ)は当然、動かすだけで気配がする。
(この女は一体……)
まじまじと様子を見るウマカイ。
女は15歳ぐらいだろうか?
体はウマカイよりも頭一つ小さく、この月海の人間としては小さめの体である。
ほっそりとした若木のようなしなやかな体つきの割に胸は大きく膨らんでおり、匂い立つ女の色香が溢れんばかりに周りに振り撒いていた。
髪はつややかな黒髪をお団子ツインテールにしており、肌は雪のように白く肌理が恐ろしく細かい。
かわいい感じの女の子なのに妙な大人の色気がある少女だ。
服装も十二単という華麗な着物で中央でも余程の高位の貴族以外は着ないような服である。
基本は白拍子の服装と一緒で泳ぐための服なのだが、何しろ重い!
移動には常に不便が強いられる服なので、よほどのお姫様しか着ない服である。
そんな服を着ているのに蔀を開ける気配すら見せずに部屋の中に入り、ウマカイの後ろについたのだ!
ウマカイの動揺もよくわかるだろう。
動揺するウマカイを尻目に扇を広げていやらしく嗤う女。
「お楽しみの最中をお邪魔して申し訳ないわね」
申し訳なさが欠片もない顔でニヤニヤ嗤う女。
対するウマカイはビビッて声も出ない。
「お、お前は一体……」
「ふふふ……」
動揺するウマカイににこやかに嗤うだけの女。
ふわふわと揺れる黒いツインテールが不気味極まりない。
好色なウマカイですら、色気よりも不気味さが感じ取れる女だった。
「水江宮ハミと言えばわかるかしら? 」
「なっ! 」
言われてようやく目の前にいる女の素性がわかった。
水江宮とはツツカワ親王の兄であるエーエン親王殿下の事で、水江宮ハミとはその后である。
最近になって急激に勢力を拡大しているトーカ家の分家の一つミドー家の当主ミチタリルの娘でもある。
慌てて下がってひれ伏すウマカイ。
「し、失礼いたしました! 」
「ふふふ……」
対するハミ姫はと言えば妖艶に笑うだけである。
ハミ姫はふわりと平伏するウマカイの前に降り立つ。
サディスティックな嗤いを浮かべながら、扇でウマカイの顎を上げさせる。
「頼みがあるの。聞いてもらえるかしら? 」
「は、はい! 」
熱に浮かされたように答えるウマカイ。
ハミ姫の目が怪しく光り、おぞましい『嗤い』顔を作った。
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