第78話 カマクラ団のトーノ
刀和達が太宰府に来て二週間が経過した。
いつもの様に晶霊たちは体を鍛えている。
『そいや! 』
『『『『そいや! 』』』』
『そいや! 』
『『『『そいや! 』』』』
『気合が足らんぞお前ら! 』
『『『『『すんません! 』』』』』
『走り込みだ!!太宰府十周! 』
『『『『『了解! 』』』』』
教官の言葉に頭を下げて走り込みを始める晶霊たち。
一方でその様子をぽけっと見ている青いアイシャドウと付けた赤い晶霊が居る。
『……はぁ……』
アカシである。
今のアカシは完全に呆けており、何も手がつかない状態である。
瞬が未だに乗ろうとしないのだ。
(それどころか、文官の手伝いまで始めている……)
公言したわけでは無いが、瞬は勉強を中心にしている。
もはや、乗る気が無いと言われているぐらいだ。
(どうすれば良いんだろ……)
悶々とするアカシの傍にトヨタマが座る。
『大丈夫? 』
『……うん……』
悲しそうに答えるアカシ。
実は最終勧告を受けていた。
一週間以内にもう一度相棒を組めなければ降格。
それが高官からの通告だった。
『大丈夫よ。きっと乗ってくれるって! 』
『……うん……』
『もし乗れなくてもあたしらは一緒だから! 送り返されたりしないように手配するから安心して! 』
『……うん……』
(駄目だこりゃ……)
流石のトヨタマも困り顔になる。
すると一騎の晶霊が声を掛ける。
『やあ、どうしたんだい? 何かあったのかい? 』
ダンディな声に気付いて振り向くトヨタマ。
(あら? )
年のころはトヨタマ達よりも二回りほど年上のおじさん晶霊が居た。
見た目は白黒まだら模様のシャチ型晶霊で、薄く髭を蓄えて身だしなみも綺麗だ。
ワイルドツーブロックの髪は黒く輝いており、一言で言えばダンディである。
だが、トヨタマは別のことが気になった。
(こいつ……カマクラ団のトーノ! )
トヨタマは中央に行ったときに彼の噂を聞いていた。
中央でも名の知れた武士でその強さは五本の指に入るほどだった。
『カマクラ団のトーノ殿が私たちに何の用? 』
警戒するトヨタマに晶霊は穏やかに笑う。
『おっと、喧嘩をしに来たわけじゃないよ? 仲良くしに来たんだ』
手を上げて降参のポーズを取るダンディ晶霊。
『おじさんは仲良くなりたくて来たんだ。トーノ=カマクラだ。仲良くしてくれ』
『……カマクラ団の者……』
自然と声が低くなるアカシ。
トヨタマもアカシもワダツミ団で最近はスミヨシ系カマクラ団とムナカタ系ロクハラ団に押されている。
どちらかと言えば親族ぐるみのライバル同士だ。
だが、トーノは笑って言った。
『おっと! 別に宣戦布告するわけじゃあないよ? おじさんは平和主義なんだ』
『平和主義者が喧嘩して武道会に出られなくなるわけがないでしょう? 』
トヨタマの言葉に苦笑するトーノ。
事実、トーノは優勝候補でもあったのに喧嘩が原因で出られなくなっていた。
もし、出ていたら確実に優勝していたとも言われていた。
するとトーノがちょっとだけムキになって言った。
『あれは向こうが悪い。フジツボ様にいやがらせしていた野郎どもを叩きのめしただけだ』
『フジツボ様? 』
聞きなれない名前に訝しむトヨタマ。
『レーゼン准将様の奥方だ。お困りになっていたから俺は助けただけだ』
『レーゼン准将って……なんでそんな方がいやがらせ受けてるの? 』
不思議そうなトヨタマ。
『准将』とは晶霊のトップである元帥の子供であったり、神皇一族の相棒になった晶霊の階級である。
晶霊は人間と違い、世襲ではない。
この辺は文化としての違いが出てくるのだが、晶霊は軍人気質の実力主義である。
だが、このヨルノース皇国では基本的に人が優位で、人に引っ張られる形で元帥が決まる。
神皇の相棒が元帥になる形を取っているので、元帥の子供が元帥になるとは限らないのだ。
だから、元帥の子供は一応、将校としての建前を与えるために『准将』という特別な位になる。
要するに皇帝の子供の奥さんがいやがらせを受けるのがおかしいのだ。
だが、困った顔をするトーノ。
『それがなぁ……新しくレーゼン様の嫁になったキリツボって女は性質が悪くってなぁ……フジツボ様を虐めているのよ』
嫌そうに語るトーノ。
『レーゼン様がキリツボの言いなりになってんだよ……挙句の果てにフジツボ様を正妻の座から追い出そうと画策してんだよ』
『後妻問題か……』
どこの国でも皇帝に何人も奥さんを作らせて子供を増やすのはよくあることである。
だが、そこには女の確執が潜むのでドロドロするのは人も晶霊も一緒である。
『特に、キリツボの相棒のハミって女もエーエン様の正妻のリューヤ様を追い出しにかかっている……レーゼン様も昔好きだった女と名前も姿も瓜二つの女が現れたんで喜んでいるからフジツボもリューヤ様も毎日泣いている……』
『聞いたことのある名前だと思ってたけど……とある皇族の方の初恋の相手だったわね。死んでしまったって聞いてるけど……』
納得するトヨタマ。
つまりはレーゼン准将とエーエン親王の相棒には二人の后が居る
。
レーゼン准将にはフジツボという正妻とキリツボという側室。
エーエン親王にはリューヤという正妻とハミという側室。
そして、ハミとキリツボがリューヤとフジツボを虐めているのだ。
本当に嫌そうな顔をするトーノ。
『しかもそのハミの父親のミチタリル=ミドーってのが最悪でな。最近、急激に勢力を伸ばしてやがるんだ』
『ミチタリル=ミドー? 聞いたことないわね……』
不思議そうなトヨタマにトーノが得意げに説明する。
『最近になって急激に勢力を伸ばしてきたミドー家の当主だ。トーカの分家の一つらしいんだが、ロクハラ団の連中と組んで『朝堂院』と『応天門』を制しつつある一族だ』
『……どういうこと? 』
『朝堂院』は朝廷の内政を司り、『応天門』は門と言う名前だが、実質晶霊の『城』である。
言い換えると政治と軍事を司る皇国の中枢が牛耳られつつあることになる。
『ミドー家が政治を、ミドー家と対になるロクハラ団が軍事を司りつつある。中央がどんどんきな臭くなってきてるってことだ』
そう言ってにこやかに笑ってアカシの横に座るトーノ。
『そんなわけで俺と相棒のライコウはこっちに左遷されたってわけだ。のけ者同士仲良くしようぜ』
そう言ってアカシの肩を叩く。
トーノはそのまま、抱き寄せるようにアカシの肩を抱いた。
(……うん? )
トヨタマが訝しく思う。
アカシの側に座っているトーノから邪な気持が感じられたのだ。
『そんなわけだから、なんか困ってることがあれば相談に乗るぜ? 』
そう言ってアカシの手を取ってニギニギし始める。
(あぁ……なんか似てるなぁと思ったら……)
要はアカシを口説きに来たのである。
実はアカシは晶霊としては相当な美人である。
嫁にしたいという声は実は晶霊士になる前から多かったのだ。
オトはそれを利用して刀和を奮起させただけで、最初からアカシの方がモテていたのだ。
『えっと……困るんですけど……』
アカシが困った顔をしていると、どこからか雄たけびが聞こえてきた。
『おぉぉぉねぇぇぇぇさぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! 』
うるさいのが飛んできたとトヨタマは頭を抱えた。
人物紹介
トーノ=カマクラ
ラインの相棒でカマクラ団でも有数の武士。
歴戦の古強者でもある。
名前の由来は頭の中将であることから、ある程度察して欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます