第72話 講義


 その頃、刀和達は何をしていたかと言えば……


 晶霊士のお仕事は単純に戦うことだけではない。

 一言に戦うと言っても、単純に体を鍛えればいいというモノではない。

 修練はあくまで『実戦』のために行うもので、実戦で活用できないのでは意味が無いので様々なことを学ぶ必要がある。


 刀和達は様々なことを勉強する必要があるのだ。


「つまり、戦う場所にもよりますが、地形を生かす形にするためには……」


 老戦士が屏風のような物に描かれた絵を元に説明する。


 なんでこんなやり方を取っているのかと言えば、黒板を存在しないからである。

 テキスト代わりにこういった屏風を見せて説明をしているのだ。


 この時代の勉強は『写本』と『兵法』の暗記だけである。

 後は実戦を繰り返すことでいろんなことを覚えていくのだ。


 刀和達は太宰府の一角にある学舎にて授業を聞いている。

 学舎は3階建ての楼閣で様々な授業を行うようになっている。

 基本、ここではお勉強が主体だが、二階までは勉強で三回は研究を行う場となっている。


 ちなみに三人が学んでいるのは戦術の学舎で『軍学棟』と呼ばれる学舎である。


 瞬とオトが後ろの方で机に置かれた巻物に夾算(紙バサミ)を付けて読んでいる。

 オトが退屈そうにあくびをする。


「ふわぁ~……こういうのは苦手だよ……」

「オトはどっちかと言うと直感型だからね……」


 瞬が困り顔で呟く。


 実はオトは戦略に関してはやたら頭が回る方である。

 こんな性格をしているが、どちらかと言えば頭脳派なのだ。


 問題は天才肌のため、やたら直感的に考えるのである。

 さきほども戦略に関して先生をやり込める程の冴えを見せたのだが、その時の説明はこうである。


「ぶわぁーっとこの辺から攻めると敵はこう動くから、こっちがむにょむにょ動いて挑発させてから、こっちがすぅーっと行って……」


 一事が万事この調子なのである。

 そのせいで紙一重呼ばわりも少なくない。

 そんなオトも瞬には一目置いている。


「シュンは真面目だよねぇ……ちゃんと『飛丸五経』を覚えるなんて」

「そりゃ、こんな内容ならすぐにでも覚えようとするわよ」


 そう言って五経の名前を見せる瞬。


飛零ヒイロ死神デュオ重火トロワ砂岩カトル双竜ウーフェイ……なんでこんな名前なの? 」

「いや、それはわかんないけど……あたしは文字読むと頭が痛くなるから……」

「……どうやって、この内容覚えたのよ? 」


 オトの言葉に呆れる瞬。


「こう言っちゃなんだけど、あたしはもう全部読んだわよ? 」


 瞬は晶霊士になって数か月経つ。

 その間にもこの飛丸五経を読んで勉強していたのだ。


 瞬は秀才肌で生真面目な優等生でもある。

 そのせいもあってか、予習復習に余念がない。

 きちんと勉強するたちなのだ。


「そこ、うるさいですよ? 」

「すいません! 」


 そう言って頭を下げるオト。

 だが、それを聞いて逆に瞬はムッとする。


(そっちよりも先に言うことがあるでしょうが……)


 唇を尖らせて瞬は刀和の方を見た。


 刀和は授業内容を覚えるのに必死だ。

 今も尚、言われた巻物をキチンと追っているが、わかっているようには見えない。

 相変わらず要領は悪いようだが、問題はそこではない。


「あ、スイマセン。筆がそっちに……」


 女生徒の筆がふわふわと刀和の方へと空中を漂う。

 重力が軽いので「消しゴムが落ちて取ってもらう」ことが出来ないのだ。

 声を聞いて慌てて筆を受け止める刀和。


「あっ! ど、どうぞ! 」

「ありがとうございます」


 筆を返す刀和の手を優しくぎゅっと握りしめる女生徒。

 すぐに顔を真っ赤にする刀和だが、ぐいっと体が元に戻される。


「トワさん。ここが大事なんですよ? 」

「あ、はい」


 隣でべったりとトワに体を寄せる女生徒の言葉に従って巻物を見る刀和。


 刀和の周りには女の子の人だかりができていた。


 授業中でもちょいちょいアピールをすることを忘れない女生徒たち。

 いらいらと筆の後ろを噛む瞬。


「なんであんなにモテるのかしら? 」

「しょーがないよ。黄衣の剣士ヨミの相棒になった男だもの。そりゃ『うちの娘婿に』っていう人たちは多いよ」


 いわゆるハニートラップと言う奴である。

 刀和が『結婚』した相手は自動的に『ヨミ』がくっついてくるのである。

 当代最強の剣士を配下に収める方法としては滅多に無い機会である。


 しかも、それが冴えないチビデブである以上、「くみしやすい」と見られたのだ。


 しかも人が良い刀和はほいほいとその手に乗る。

 あからさまに良いようにやられているのである。


(後でしめる)


 心の中で固く誓った瞬であった。


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