第71話 妹の名は


 一方、楼門の修練場ではアカシがため息をついていた。

 太宰府の修練場は太宰府の玄関である『楼門』にある。

 

 楼門の方は曲輪作りになっており、こちらはこちらで一種の城塞と化している。

 この城塞は太宰府の庁舎の楼閣群の周りをぐるりと取り囲むように作られており、晶霊の小団ごとに住んでいる。

晶霊が何百人と集まっても収容できるように広々と作ってあり、有事の際には防壁になるようにも作ってあるのだ。

 

 そんな曲輪の一つでアカシはため息を吐いていた。


『……はぁ……』


 物憂げに自分の取り分の御飯を食べるアカシ。

 今日も大雑把な味付けの魚っぽい生き物と草である。


 ぼそぼそと食べていると横にトヨタマが座ってきた。


『どうしたの? 』

『……シュンが乗ってくれないの……』

 

 それを聞いて眉を顰めるトヨタマ。

 大体の事情は聴いている。


 瞬はコックピット恐怖症になったらしく、アカシから距離を置き始めたのだ。


『その……今日、久しぶりに話ししたんだけど……一言も乗るって言ってくれないの』

『・・・・・・・・・・・』


 アカシの言葉に困り果てるトヨタマ。


 良くあることで犯された女晶霊士がそのまま辞めることがあるのだ。

 戦闘での男女差が無いとはいえ、危険度は男よりも危険な仕事である。

 とはいえ、その相棒にしてみれば折角の相棒を失うだけでなく、兵卒への降格が待っている。

 それだけでなく、一度相棒を失った晶霊は次に相棒を受け入れる事が少ない。


 どうしても前の相棒と比較してしまうので、再び晶霊士になっても相棒との不和でやめる事も多い。


『まあ、あまり気にし過ぎても仕方無いわよ。こればっかりは当人の気持ち次第だから。あまり焦っても逆効果よ……』

『……そうよね』


 悲しそうに太宰庁を見つめるアカシ。

 すると、黄衣の剣士ヨミがこちらへと向かってきた。


『なんだぁ? しけた顔してんなぁ? 』


 ヨミが空気を読まずに陽気な声で寄ってくる。その態度に顔を顰めるトヨタマ。


『アカシの気持ちも考えてよ! 晶霊士の相棒解消の瀬戸際だとわかってる!? 』

『絶対大丈夫だって。気にし過ぎると禿げるぞ』

『余計なお世話よ! 』


 そう言って怒鳴るトヨタマ。

 ちなみに髪型は手軽なおめかしなので晶霊が一番気にしていることでもある。

 とはいえ、言ってもダメだとわかっているので溜息をついてぼやくトヨタマ。


『はぁ……能天気でいいわよねぇ……』


 ジト目で睨むトヨタマにヨミは飄々と答える。


『絶対大丈夫って知ってるからな。気にし過ぎだよ』

『あなたは大丈夫と思ってるかもしれないけどアカシは違うのよ? もっとこう……慰めてあげようと思わないの? 』

『……ふむ』


 トヨタマの言葉にヨミは白いあごひげに手を当てて考える。

 そしておもむろにアカシの肩を叩く。


『アカシ。合体しよう』


 ぱぁん!


 速攻でアカシの平手を食らうヨミ。


『いてててててて……』

『あ・ん・た・はぁぁぁぁ!!!!! 』

『だって慰めるって言ったらこれしか方法知らないんだもん』

『だもんじゃねぇだろ! このくそじじぃ! 』


 ぶんぶんとパンチを繰り出すアカシの攻撃を避けるヨミ。

 すると、どこからともなく雄たけびが聞こえて来たではないか。


『しぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 』


 短槍を持った鮫型の晶霊が遠くから走ってきた!


『なんだぁ? 』


 ヨミは不思議そうにするが、そんなヨミに鮫型の晶霊が襲い掛かる!

 だがっ!


がしぃっ!


『ぐわぁっ! 』

『えっ? 』


 どんがらがっしゃん!


 いきなり襲って来た槍の一撃を足で払って避け、尚且つ槍の主をトヨタマとぶつけるヨミ。

 二騎は一緒に絡まって地面を転がる。


『……なにごと? 』


 アカシが冷や汗混じりにつぶやく。

 

『一体何が……ぶべっ! 』


 トヨタマは目を回しながらも立ち上がろうとすると、槍の主はそのままトヨタマを蹴って立ち上がる!


 トヨタマによく似た女の晶霊でトヨタマよりも若干若い。


『お姉さまに近づく害虫め! このタマヨリが成敗してくれる! 』


 そう言って槍を手にヨミに襲いかかってくる。

 だが、そこは当代随一の剣士であるヨミ。

 片手一本で剣すら持たずにのらりくらりとかわす。


『死ね死ね死ね死ねぇー! 』

『誰なんだこいつ? 』


 ぼやきながらも避けきるヨミ。


『ちょっとやめなさい! その子はトヨタマの妹でタマヨリって言うの。タマヨリやめなさい! 』


 アカシが慌てて間に入ったので、タマヨリと呼ばれた晶霊の動きが止まる。


『お姉さま! こいつはお姉さまと私の愛を壊す害虫です! 』

『ねぇタマヨリ。あたしたちは友達だったはずよね? 』

『そんな他人行儀なこと言わないでください! 心の通じ合った大切な恋人と言ってくれたじゃないですか! 』

『全然言ってないよ? 私は気心の知れた間柄って言ったはずなんだけど? 』

『そんな違いは些細なことです! 』

『うん。些細だけど些細じゃないよ? だいぶおっきいよ? 』


 困った顔になるアカシと聞いてるようで聞いてないタマヨリ。


『それに私より大事なあなたのお姉さん踏み台にしたのは良いの? 』

『血統の同じ相手と交わる変態趣味など私にはありません! 』

『性別が同じ相手と交わる変態趣味も捨ててほしいんだけど? 』


 アカシのツッコミを聞かなかったことにしてヨミを睨むタマヨリ。


『聞きなさいこの下郎! お姉さまにはわたしという愛し合う恋人がいるのです! 貴様ごとき害虫以下の存在には入る隙間はありません! 』

『いつ恋人になったの! 』


 抗議の声を上げるアカシ。

 それを見て不敵な笑みをもたらすヨミ。


『つまり貴様を倒せばアカシと合体し放題と言う事だな』

『ふ、私のお姉さまへの愛が負けると思ってるのですか? 』

『だからどっちとも合体する気はないっての! 』


 なぜか二人で盛り上がるヨミとタマヨリとそれに抗議の声を上げるアカシ。

 二人ともアカシの声は無視して話を続ける。


『ふっふっふ。私のスピードについて行けると思ってるのですか? リューグにおいて私が負けたのはお姉さまだけです! 』

『いや、あんたの場合、私の攻撃に自分から当たりにいってたよね? 負けたがっていたレベルだよね? 』

『私にとってはご褒美ですから! 』


 アカシのツッコミに気持ち悪い返しをするタマヨリ。


『ふ、どんなに愛を叫ぼうが俺のスケベ根性を甘く見ないことだな。いついかなる時でも合体することしか考えない俺に勝てると思ってるのか? 』

『威張れることじゃないでしょーが! 』


 ヨミのアホな自慢にツッコミを入れるアカシ。


『どちらが合体するか』

『決着をつけよう』


 そう言って二人がにじり寄る。

 先に動いたのはタマヨリだった。


『しねぇぇぇぇ!! 』


 槍を高速で突きまくるタマヨリ!

 対するヨミは飄々と避けきる。


『この程度か? 』


 不敵に笑うヨミ。


『ならこれはどう! 』


 突きの間に払いを加え、さらに速度が増すタマヨリだが、それでもヨミはひょいひょいと避けきる。


『まだまだだなぁ……』

『おのれぇ! 』


 焦り始めるタマヨリは焦れて前のめりになり、少しずつ前に出てくる。

それがある程度まで近付くとヨミが一歩前に出る。


『なっ! 』

『前に出過ぎたな』


 がしぃっ!


 タマヨリの槍をヨミがしっかりと掴む!

身動きが取れなくなるタマヨリはなんと逃れようとするが……


ボゴォ!


 ヨミが槍を掴んだままドロップキックをタマヨリの腹に打つ。


『ぐはぁ! 』


 苦悶の声を上げながら吹っ飛ばされるタマヨリ。


『これで勝負ありと』


 掴んだ槍を放り捨てるヨミ。


『アカシとの合体は俺で決まりだな』

『だからしないと言ってるでしょうに』


 アカシの声は無視してゆっくりとタマヨリと近づくヨミ。


『くっ! 殺せ! 』

『別にそこまでする必要はないだろうに……』


 そう言って拳を振り上げるヨミ。


『とりあえず勝たせてもらうぞ』

『くっ!』


 眼をつぶってこれから来る拳の一撃を我慢しようとするタマヨリ。

 すると別の所から雄たけびが上がった。


『ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!! 』


ぼごぉぇ!


『ぷげぇ! 』


 トヨタマのドロップキックがヨミの後頭部に当たる。


『人を巻き込んでおいて勝手に盛り上がってんじゃないわよ! 』


 青筋立てまくりで怒るトヨタマと目を回しているヨミ。

 タマヨリが立ち上がって勝ち名乗りを上げる。


『ふっ! 思い知りましたか? 我ら姉妹は二人で一つ! そのこうげ……』


がしぃ!


 勝利宣言しようとしたタマヨリの後頭部を掴むトヨタマ。


『な・に・が二人で一つよ! あたしを踏み台にして飛んでったあんたの言うことじゃないでしょ! 』

『あ、あの……トヨねぇ? 』

『こっちに来なさい! お仕置きするから! 』

『いやぁぁぁぁ! 助けてぇ! お姉さま! お姉さまぁぁぁぁ!!! 』

『あんたの姉は私でしょ! 』


 そう言ってズルズルと妹を引きずっていくトヨタマ。

 後に残されたアカシは呆然としていた。


人物紹介


 タマヨリ


 トヨタマの妹でかなりの腕前の晶霊。

 ある理由から相棒を持っていない。


 レズッ気があるのが珠に傷。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る