第70話 上司は辛いよ
「どうなさるおつもりですか? ツツカワ様」
そう言ってツツカワ親王に尋ねるのはオトの父親リューグ郡司アントである。
二人は太宰府の五重塔の一室で相談をしていた。
太宰府は一種の城ではあるが、西海最大の地方庁舎でもあるので非常に大きく五階建ての楼閣がいくつもあり、その楼閣同士を渡り廊下で繋いで一つの建物にしており、絢爛豪華な造りになっている。
一見すると『この時代にこんな建物を作れるのか?』と感じるが、実はこの世界の建物は無重力故に簡単に作れるのだ。
ただし、昔の建物は石を埋めてその上に建物を『置く』という設計だったが、この世界では重力は緩すぎるので風で簡単に飛ばされてしまう。
そのため、ただの平屋一戸建てですら、杭を打たないと駄目な設計だが、一方で無重力故に高い建物を簡単に作れてしまう。
風以外に建物が壊れる要素が無いのだ。
また、空をフワフワと『泳げる』ので高い建物を作っても落ちて死ぬことは無い。
そんな太宰府の中でも五重塔はここだけ独立した建物になっており、一種の密談用の部屋で近づくものがすぐにわかるようになっている。
ちなみに太宰の執務室でもあるので西海太宰ツツカワ親王はいつもここで執務を執っている。
そんな五重塔で西海太宰は迷いなく答える。
「まずはあの三人に太宰軍に慣れてもらおう。このご時世、鍛えておくに越したことは無い。心配はいらぬ」
「確かにそうですが……」
困り顔で答えるアント郡司。
尚もツツカワは語る。
「幸い、ヨミが来てくれたのだ。戦力の大幅アップが見込まれるから大丈夫だ」
「それはよろしいのですが……」
アント郡司の困り顔が止まらないことを訝しむツツカワ親王。
不意にアント郡司の方から尋ねた。
「指揮はどなたにお任せするおつもりですか? 」
「それは無論、私かヨミに任せるつもりだが? 」
それを聞いて「やはり……」と言った顔になるアント郡司。
さらに不思議そうな顔をするツツカワ親王。
「どうしたのだ? 」
「ヨミに指揮官は務まりませぬ」
「……何? 」
不思議そうな顔をするツツカワ親王。
「当代随一の剣豪が一軍の将が務まらぬというのか? 」
「残念ながら……左様にございます……」
沈鬱に答えるアント郡司。
黄衣の剣士ヨミは当代最強の剣士と呼ばれており、先ほどの戦いでも優れた強さを見せた。
だが、それが務まらないと言うのだ。
「何故だ? 」
「……ヨミは軍の運用が出来ませぬ」
「……なんだと? 」
訝し気なツツカワ親王。
それもそのはずで軍の運用と言っても細かい準備は人間がやるのだ。
だからやるとすると部隊の運用『戦術』についてのことになる。
と言っても、そこは晶霊。
多くても百人前後しか指揮しない。
よほど下手くそな連中でも運用自体は出来る。
それが出来ないと言うのだ。
「何故できないのだ? 」
「……ずっと『一人』だったからです」
「……あ……」
間の抜けた声を上げるツツカワ親王。
この可能性は想定していなかったのだ。
黄衣の剣士ヨミは最強の剣士であると同時に孤高の剣士でもあった。
要するに大軍を運用した経験は無い。
ちなみに本人自身も運用する気が無い。
要するに匹夫の勇と呼ばれる個人技能に特化した職人馬鹿でもあるのだ。
だが、ツツカワ親王が食い下がる。
「しかし、トワは貴族なんだろう? 」
「……残念なことにオトが言うには文字は書けますが貴族ではないとのことです。貴族の血は引いては居るようなのですが……」
「……在野に落ちた者か……」
貴族と言えども、常に繁栄し続けるわけでは無い。
中には落ちぶれて貧民に落ちる者もいる。
ツツカワ親王は刀和や瞬がそういった者たちであると考えたのだ。
ちなみに何でこんなことを言ったのかと言えば、「貴族の血を引いていたのか? 」と聞いた際に「この名字だから武家家系」と答えただけだった。
日本人は『貴族の血』が『流れているだけ』の人間は総人口の9割を占める。
逆に『先祖代々百姓の血しか流れていない』の方がレアなのだ。
歴史が長いと、こんな不可思議なことが起きる。
「つまり、戦術や運営は学んですら居ないのか……」
「我が娘オトは軍略には秀でておりますが、あのような気性でして……」
「確かになぁ……」
オトは良く言えば天真爛漫、悪く言えば無軌道な性格で天才肌に多い気分屋でもある。
人が付いてくるタイプではなく、どちらかと言えば下に嫌われる性格である。
こちらも個人技能に特化しているがどちらかと言えば軍師だろう。
「殿下の補佐には向いておりますが、大軍を率いるのは難しいかと……」
「……アカシの方はどうだ? 」
それを聞いてさらに沈鬱な顔になるアント郡司。
「それなのですが……ひょっとするともう晶霊士としてはダメかもしれません……」
「シュンの問題か……」
瞬がコックピット恐怖症になったのはすぐに知れ渡った。
恐らく、晶霊士としてはダメになったと言われている。
「何分、生娘故にあの経験は辛いものでありましょう」
「確かにな……」
一応寸前で助かったのだが、だからと言ってそれで心の傷が癒えるわけではない。
恐怖の経験は人の心を縛るには十分なのだ。
「再びあのような目に遭うかもしれないと感じただけで、気持ちが逃げてしまうのでしょう」
「ふーむ……困ったな……」
しばしの間悩むツツカワ親王。
ふと、外の様子を眺める。
太宰府で仕事をしている官僚たちが衣冠姿で書類を持ってあちらへこちらへ空を泳いで移動している。
五階建てで楼閣を繋ぎ合わせたような造りになっている理由の一つとして、こうやってショートカットをしやすいのだ。
何しろ、無重力なので上下移動も割と簡単である。
雨の日は渡り廊下を通るのだが、晴れた日はこうして窓から外に出てショートカットする。
ちなみに衣冠とは仕事用の正装でスーツのような物だが、構造自体は狩衣と変わらない。
おりしも一人の官女が梅の木の枝の間をくぐっていた。
(そろそろ剪定せねばならんな)
そんなことを考えた親王だが、そこではたと思いついた。
「……あの方なら良い知恵を授けてくれるかもしれぬ」
「あの方? 」
言われて訝し気な顔になるアント郡司だが、すぐにはっとなる。
「……あの方……殿下! もしかしてあのお方ですか! 」
「うむ……」
そう言ってうなずくツツカワ親王。
「あの方のお力を借りよう……」
ツツカワ親王は驚愕するアント郡司を前にそう言い切った。
用語説明
太宰府庁
本当にある太宰府とは全く関係ありません。
この世界独特の仕組みをしているので流石におなじようにはいかない。
五階建ての楼閣をいくつも組み合わせており、効率よく行き来しやすいように出来ている。
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