第69話 お引越し


 一方、オトたちは何をしていたのかと言うと……


「その荷物そこ置いといて」

「こんなにもって来てどうすんのよ? 」


 引っ越しをしていた。


 ここは太宰府の晶霊士用の寮で単身赴任している晶霊士や晶霊士候補の貴族が住んでいる。


 太宰府のように大きな城塞都市は、各地域の貴族の子供たちの勉学の場であると同時に、晶霊士になるための訓練所でもある。


 また、西海太宰府軍に入るために試験があり、その試験に合格した西海でも選りすぐりの若手晶霊が集まる場所でもあるので、より良い相棒を見つけるためにも良い社交の場にもなっている。


 そんな太宰府の寮だが、刀和も瞬もこの世界に来たばかりなので荷物らしい荷物は無かったのだが、オトは違う。

 郡司の姫様という立場もあって荷物が非常に多かった。

 さらに大きな問題としてオトは片づけが出来ない。


「大体、この帯ボロボロじゃないの! なんでこんなもの持ってるの? 」

「いやあ、なんか思い出が残ってるから捨てるに捨てられなくて……」

「この完全に直角に折れた簪は? 」

「いや、それはそれでたまに必要になることがあるからさ……」

「じゃあ、この櫛は? 完全に歯が無くなってるじゃない! 」

「いやあ、それも何か使えそうだから……」

「こんなものイチイチ持ってくるな! 」


 そう言って喧嘩になる二人。

 瞬は割と綺麗好きで断捨離が出来るタイプなので、こういったのがイラつくのだ。

 はぁっとため息を漏らす瞬。


 瞬は前回の怪我も癒えて、わずかに傷痕は残るものの、何とか仕事が出来るようになった。

 だが、さすがゴミ屋敷の引っ越しを要求されればたまったものではない。


 太宰府の寮は広く、一部屋でも12畳あって、押し入れと寝所がある。

 そんな太宰府の寮がせまっ苦しく感じる程、無駄な荷物が多い。


 瞬はジト目で尋ねる。


「本当は宮仕えするのも無理だったんじゃないの? 」

「うぐぅ! 」


 痛いところを突かれてオトはうめき声を漏らす。


「西海太宰府軍に入ったからお流れになったって喜んでたけど……無理ってわかってたんでしょ? 」

「そ、そうだけど、しょうがないじゃん! あたいだって女の子だしぃ……内裏に入って親王様とラブロマンスしたかったしぃ……」

「この有様でどうやってロマンスまで持ち込むのよ? どう頑張っても最後に失敗する悪役令嬢オチにしかならないでしょ? 」

「ぐぬぬぬぬ……」


 悔しそうに呻くオト。

 が、すぐににやりと笑うオト。


「そういうシュンはラブロマンスのあてがあるのかなぁ? 」

「うぐぅ! 」


 今度は瞬の方がうめき声を漏らす。


「ああ、そうか……トワが居るもんなぁ……良いよなぁ彼氏持ちは……」

「ち、違うし! あれはただの友達だし! 」


 慌てて否定する瞬。

 だが、にやけ笑いを止めないオト。


「またまたぁ……一緒に合体してたじゃん? 」

「そ、それは! アカシとヨミががったい……」


 言い返そうとして瞬の声がピタリと止まる。

 そして、瞬の顔が強張っていく……


「しゅ、シュン? 」


 いきなり顔つきが変わった瞬の姿に焦り始めるオト。

 瞬は汗をダラダラ流し始めてガチガチと震え始めた。


「あっ……あっ……」

「ご、ごめん! 悪かったから! もう言わないから! 」

 

 それを聞いて瞬は少しだけ息を直し始める。

 そして焦りながらも瞬は深呼吸した。


「だ、大丈夫だから……」

「ちょっと休も? 一息付けようよ? 」

「そうね……ちょっと水飲んでくるわ……」


 そう言ってフワフワと泳いで去る瞬。

 その後ろ姿を見て困り顔になるオト。


「……乗れるかな? あの有様で……」


 オトには気付いていた。

 瞬はいわゆるコックピット恐怖症に陥っていることを。



用語説明


 太宰府の寮


 太宰府は周辺の貴族や晶霊が集う場でもあり、各国の貴族の子供たちを養育する場でもある。

 こういった場所があるのでより円滑に仲良くして行けると言う工夫でもある。

 一応、平民の中でも賢い者を受け入れるようにはしているがその辺はうまく行っていない。


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