第68話 互角試合


 ヨルノースという帝国がある。


 月海レオリス蟹兎ライパンと呼ばれる地域にあるアオウナバラを治める帝国で、神皇の治めているのだが、昨今はなにかと荒れている帝国でもある。


 そんな中、唯一穏やかな地域である西海地方の太宰府ではちょっとしたイベントが起きていた。


 二騎の晶霊が太宰府の広々とした庭で対峙しており、その周りを晶霊たちが囲んでおり、二騎の戦いを見守っている。


 一騎は片腕の黒い体に黄色の着流しを着た晶霊で、アオウナバラ最強の剣士と呼ばれている黄衣の剣士ヨミである。


 もう一騎はと言えばこの西海を治める西海大毅だいきことホーリであった。


 鰐を思わせるゴツゴツとした緑色の肌の晶霊で強面の顔にはウェーブがかかった髪が背中に届いている。


 ヨミは晶霊用の竹刀を持って対峙しており、もう一方のホーリは練習用の竹槍を持っている。

 二騎は、じっと相手の隙を伺い、少しずつにじり寄っている。


 その様子を遠巻きに見ながらトヨタマとアカシが息を飲んでいた。

 トヨタマは小声でつぶやく。


『凄いわね……あのホーリ様があんなに慎重』

『確かに……あたしらじゃ手も足も出なかったのに……』


 西海大毅だいきホーリは一軍の将としての器も戦士としての強さも全て超一流である。

 そのホーリですらもヨミが相手では慎重になるんだろう。

 トヨタマがぽつりと呟いた。


『これから、ホーリ様の下で頑張っていくのよねぇ……』


 トヨタマ、アカシ、ヨミの三騎は西海皇軍に編入することになった。

 西海皇軍とは西海太宰府の軍で郡司達とは別に運用している。

 アカシがふと思い出したかのようにトヨタマに言った。


『そう言えば、今は家老のオトシゴ様がリューグ見てるのよね? リューグの方はどうなるの? 』


 三騎共、一度はリューグに帰ったが、ある日突然呼び出された。

仕方ないので太宰府に行ったら編入が決まったのだ。


 いきなりすぎると思うが、この時代の人事はよほど上の人間以外はこんなものである。


 すると、トヨタマがのんびり答える。


『シカウミとタケラが帰ってくるそうよ。だからしばらく任せようかって』

『あれ? もう帰ってきたの? 』


 アカシが顔を顰める。

 シカウミはオトの従兄でタケラはトヨタマの乳兄弟である。

 二人とも都の方へ出仕していたのだが、それが帰ってくるというのだが……

 シカウミはトヨタマの従姉でタケラもオトの従兄である。


『……中央では門閥貴族以外はもう官職にも入れてもらえないんだって……』

『……そんなに酷いの? 』


 アカシがますます顔を顰める。


 現状、中央における門閥貴族は三摂家と言われている。


タカツカサ

コノエ

トーカ


 古来より、朝廷の重臣としてヨルノース皇国を支えてきた一族だが、歴史の必然と言うべきなのか徐々に腐敗しはじめた。

 だが、アカシは不思議そうに言った。


『でも、お二人とも武人として行ったから関係ないでしょう? 』

『それがね……武人の方でも軍閥がスミヨシ団とムナカタ団の二つに分かれ始めて、二大勢力になってるみたいなの……』


 『団』とは晶霊の一族を示す記号で軍団が省略された言い方である。


『スミヨシ団カマクラ家とムナカタ団ロクハラ家が二大派閥となっているらしいの』

『……ワダツミ団は?』

『……残念ながらもう地方に散らばっているらしいわ……』

『こまったわね……』


 政権の中枢を治めたほどの一族が締め出しを食らっているのである。

 ワダツミ団のトヨタマとアカシにとっては切実な問題である。


 二騎がぼそぼそと小声で話していると試合の方が動き出した。


ジャリ・・・


 ヨミとホーリの二騎がジワリとジワリと近寄っていく。

 そして一足一刀の間合いまで近づいた次の瞬間!


パキィン!


 二騎の中間で大きな爆発音がした!

 そして、二騎は同時に困った顔になる。


『だめだな……』

 

 そう言って竹刀をポイ捨てするヨミ。

 竹刀は完全に折れていた。

 一方でホーリも折れた竹槍を捨てた。


『武器の方が持ちませんな……』


 二騎の打ち込みが激しい故に折れるのだ。

 ヨミが苦笑して言った。


『しかし、ホーリも強くなったなぁ……』

『いえ、まだまだです……』


 感心するように言うヨミに対して恥ずかし気にホーリは答える。

 ヨミの中に居た刀和が腹話で話しかける。


「知り合い? 」

『ああ、昔、朝廷で皇族の剣の指導を頼まれてな……その時の教え子だ』

「へぇー……」

 

 言われて少しだけ驚く刀和。

 とはいえ、ヨミは当代随一の剣士とも言われている。

 これぐらいは驚くことでは無いだろう。

 ヨミはホーリに悪戯っぽく笑いかけた。


『昔はどこの馬の骨ともわからん奴に負ける道理はないとか言ってたのになぁ……』

『よしてくださいよ……』


 苦笑いしながら答えるホーリ。


『それが今じゃ西海大毅か……偉くなったもんだ』

『恐縮です』


 笑って会釈するホーリに対してヨミは笑顔で返した。

 ヨミは着流しの前を開いて刀和を出す。


「ふぅ……」


 外に出てふわふわと泳いでヨミの肩に乗る。

 すると、西海大毅ホーリのお腹からもツツカワ親王が現れてふわふわとホーリの肩に乗る。


「どうだったトワ君? 勉強になったかね? 」 

「はい! とても勉強になりました! 」


 晶霊同士で言えばヨミの方が先輩で腕も上だが、相棒である人間の方はツツカワの方が先輩で経験も豊富だ。

 それ故にこういったちぐはぐなことが起きるのもよくあるのだ。

 それを聞いてホーリが笑う。


『何を偉そうに。相棒になった当初は乗っただけでひーひー言ってただろう? 』

「うるさい! ちょっと黙ってろ! 」


 恥ずかしそうに叫ぶツツカワ親王と笑いあう3人。

 流石に刀和は恐縮するだけだったが、古強者三人は余裕だった。


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