救世主ー2 意志を炎に変えて


 少女について行って薪を燃やす。多少湿っていてもオレの炎ならば関係ない。大して苦労はせずに仕事をこなし、そろそろ時間かなと思って族長さまの家へと向かう。

 その途中で、嘆きを聞いた。

「――――ッ!」

 言葉にならない声だけの叫び。身も凍るような魂の叫び。

 何だ、一体何があった? オレは急いで、声のした方に走り出す。

 そこで見たのは。

「一体なんだってんだ! 何でこの里が人間にばれる!?」

「翼を奪え!」

 襲い来る人間たちと、狂乱するアシェラルの民。一人のアシェラルが地面に倒れ、背中から血を流している。そこに本来あったはずの翼は、根元から切り取られていた。

 オレは愕然とした。何故、何故だ? 何故、この閉ざされた里に外部の人間が?

 その答えは、人間の言葉から解った。

「ラッキーだな! 道に迷ってアシェラルに遭遇! 翼は高く売れるんだよなぁ!」

――成程。

 道に迷った愚かな人間たちが、偶然この場所を見つけて襲撃したというのか。

 ならばオレは「救世主」の名にかけて、これを撃退しなければならない。

 視線をめぐらせ、状況を確認する。やって来た人間は十人。随分多い。何かの一団だろうか?

 人員はほとんど男で構成されているが、中には女もいた。女は不安そうな顔で、男たちの後ろに隠れている。全員が全員、侵略者であるという訳ではなさそうだ。三人の男は女を後ろに庇ったまま、その場から動こうとしない。

つまり実質、敵は六人。

「救世主さま!」

「おお、我らが救世主さま、お助け下さい!」

 逃げてきたアシェラルがオレを見つけて必死に呼びかける。任せろとオレは頷いて、男たちの前に立ち塞がった。

 オレの目の前には翼を奪われたアシェラルがいる。オレはそっとそのアシェラルを抱きかかえると後ろに横たえて、これ以上の怪我を負わないようにした。抱えたアシェラルはまだ息があるが重傷だ。すぐに他のアシェラルがそいつを受け取り、巻き込まれないように後ろに下がった。

 そうだ、これはオレの戦いだ。「救世主」と侵略者の戦いだ。そしてこういった場合、「救世主」は絶対に勝たなければいけない。「救世主」は全てを救い、守る絶対的な存在なのだから。

 立ち塞がったオレを見て、男の一人が声を掛けた。

「何だ貴様は? 貴様一人で俺たちに立ち向かおうというのか?」

 その顔に浮かんだのはあからさまな侮蔑と、どういたぶってやろうかと思案する嗜虐心。どのようにここに来たにしろ碌な奴じゃないなと思い、オレは相手を嘲笑うように鼻を鳴らして答えた。

「『救世主』メサイア、この村を護る者。アシェラルの次期族長候補にして炎使い。あんたらみたいな屑を倒すのならば、オレ一人で十分だ」

 オレの挑発に、男は顔を真っ赤にした。単純な奴だ。

「ふざけるなよなぁ! 救世主ヅラしやがって! 馬鹿にしてんのか!!」

「最初から救世主だ、救世主ヅラなどしていない。ああ、勿論馬鹿にしているとも。気付かなかったのか? だとしたら本当に正真正銘の馬鹿だな」

 オレが言い終わるか言い終わらないかの間に。

 一閃。

 男がオレの目の前で剣を振った。しかしそれはオレに当たる寸前で空振りした。オレの赤い髪が切られて風に吹き散らされた。

 男の目には、狂気と怒気。

「馬鹿にするんじゃねぇ! 俺はこの腕の一振りでてめぇを殺せるんだ」

「ならばこっちは、この腕の一振りで貴様を火達磨ひだるまに出来る」

 言うが早いか。

 オレは地を蹴って奴と距離を取り、即座に魔法素マナを組んで式を作り、それを一気に崩壊させた。

――そうさ、魔法はこうやって放つ。

 途端、現れた炎は男を包み込み、男は一気に生ける焚き火と化した。

 この世界、「アンダルシア」には魔法素マナと呼ばれる目に見えぬエネルギー物質があり、オレたち魔導士はそれを感覚的に組み合わせて「式」を作り、組んだ「式」を一気に崩壊させて空間に歪みを作り、それを魔法とするんだ。魔法素(マナ)にはそれぞれ「属性」があって、干渉できる事象が「属性」によって異なる。例えば、属性「火」は「火」に関する事象を起こすことができるが、「水」を操ることはできないというわけだ。魔導士は目に見えず、触れることも出来ない魔法素マナを生まれつき組み、そして「式」を破壊する力がある人たちのことなんだ。魔法素マナをどう感じるかは人それぞれだから、詠唱も何もアドリブだ。自分で自分の「式」をイメージできれば何を唱えたって構わない。魔法は理論じゃない、才能がものを言う。魔導士の世界即ち才能の世界だ。オレのこの「炎」も生まれつきの才能によるものだしな。

 オレは何も唱えなかった。ただ身に着いた感覚だけで魔法を使い、男に向けて放った。慣れれば詠唱なんざ要らないんだよ。

「うがぁぁぁ……熱ぃ、熱ぃよぉ。水、誰か水、を……!」

 苦しみ悶える男。だがな、オレは言ってやった。

「翼を奪われたアシェラルが、どれだけ苦しむのか分かっているのか?」

「助けて……助け……」

 そうさ、あんたが先程翼を奪ったアシェラルはきっと、その痛みに永遠に苦しむことになるだろう。翼はアシェラルにとっては手足と同じくらい大切な器官。それを易々と奪っておいて、助けてくれなんてよく言える。オレが気付くのに遅れたばっかりに、あいつは一生不自由なままだ!

「甘えるんじゃない。さっさと死ね」

 オレは一気に火勢を強くした。苦しませずに殺してやる。有り難く思え。

 傍から見ればこれはちっとも「救世主」じみてはいないだろう。いっそ悪魔の所業にすら見えるはずだ。だがな、仕方がないんだ。オレの持っているのは破壊の力。破壊の力で誰かを救い、何かを守るには悪魔のようになるしかないんだよ。それはとうの昔に割り切っていた。

 オレはアシェラルの「救世主」だ。他の目なんて気にする暇はない。

 そうやって生ける焚き火をじっと眺めていたら。

 あることを失念していた事に気が付いた。

「隙あり! よくも、よくもヴィンをやってくれたなぁ!」

「救世主さま!」

 怒声、悲鳴。

 反射的に身を翻したが、己の右腕に確かに感じた熱さ。それは燃えるようで、やがては狂いそうなほどの激痛に取って代わる。

「く……くあぁ……!」

 オレの右腕には、無残な傷があった。オレは思わず右腕を抱きかかえてうずくまる。

 失念していた。敵は一人ではなかった。

 オレが倒したのはまだ、六人中の一人だけだったのに。

 うずくまるオレ。それを好機と見て、残った五人が一気にオレに襲い掛かる。「救世主さま!」との悲鳴。しかし誰も助けに来ることはなく、いたずらに叫ぶだけ。

 ギラリと光る、五本の剣。対するオレは大きな怪我を負って。

 こんな状況では、魔法素マナを組むのに集中できるはずがないのに。

 死にたくなかったから、生きたかったから、オレは、

「燃えよ! はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」

 燃えるように痛む右腕。痛みを実際の炎に変えて。

 激痛と熱さが、これ以上ないほどにオレの意識を明瞭にした。

 そして。

「うわぁ! 熱いぞ!」

「ぎゃああああああ!」

 轟ッ、と音を立てて突如燃え上がった炎。それは炎の至近距離にいたオレ自身の肌も焼いたが、その炎は男のうち二人を包み込み、三人をオレから遠ざけた。

 オレは低く、唸るように叫ぶ。

「オレに……近づくなぁッ!!」

 さらに舞い上がった炎。

 激痛のあまり遠のきそうになる意識を、懸命に繋ぎ止めて。

 オレは全てを焼き尽くさんと燃え上がり、今まさに自分の制御を離れようとしている轟炎の中、力を振り絞って立ち上がった。

「燃えよ!」

 叫んで、傷ついて麻痺しかかった右腕を振れば。先程の火炎で辛うじて難を逃れた男二人に火の玉が飛ぶ。

悲鳴。霞んだ目で眺めやれば、女と彼女を護るように立っていた男三人も、逃げるようにして村を出ていく。

 人道的に言えば、本当はこの四人を見逃すべきなのだろう。現にオレもとっくに限界を超えている。しかしここはアシェラルの秘境。この場所を知った外部の人間を、生きたまま逃がすわけにはいかないから。

 傾く身体。それでも完全に倒れる前に、火の玉一つ、飛ばし、燃え上がる。それが一気に四人にぶち当たって燃えだしたのを見た時、ついに身体が限界を迎えて。地獄のように燃え盛る炎の中、オレは自分の意識が急激に闇に包まれていくのを感じた。


 なぁ、みんな……。

――オレは、あんたたちの救世主に……なれた、よ……な……?


  ◇

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