青空に咲く、黒と金

流沢藍蓮

前日譚 偽りの救世主《メサイア》

序章 「救世主」の使命

救世主ー1 「救世主」と呼ばれた子


 アシェラルの民。それは背に翼持つ一族。

 二万年の昔、一人の少年が神に空を願って、その願いが聞き届けられて翼を得たのが一族の起源とされている。

 彼らは謎めいていて、一般の人間の前にはほとんどその姿を現さない。

 しかし人は彼らを見つけると、その背の翼欲しさに迫害するという。ゆえに彼らは人間と関わらない。

 彼らの住まう村もずっと、秘匿され続けてきた。


「錯綜の幻花」と呼ばれる英雄がいた。彼は「実体のある幻影」を生まれながらにして操る力を持っていた。彼はアシェラルの民であり英雄だった。しかし、彼の過去にはどうしても消せない傷があった。

 彼は今でもその時のことを鮮明に思い出せるのだ。深い深い悔恨の念と共に。彼は図らずも、一人の人間をこれ以上ないほどに破滅させた。下らぬ無知と偽善によって――。


 「救世主」と崇め奉られた少年がいた。彼は生まれながらにして、凄まじいほどの炎の力を持っていた。彼はアシェラルの民であり救世主だった。しかし、彼の人生はあまり楽しいものではなかった。

 なぜなら、彼の幸せは「悪気の無い悪意」によって壊されたからだ。


 持ち上げられて突き落とされた一人の少年。彼は「錯綜の幻花」の身近にいたアシェラルだった。

 これから語られるは「錯綜の幻花」エクセリオと、「偽りの救世主」メルジア・アリファヌスの物語。

 墜ちていく星と昇っていく星。まるで対照的だった二人の少年の物語を、

――ご覧あれ。


  ◇


〈序章 「救世主」の使命〉


 オレはメサイア、十四歳だ。両親はいない。物心ついた時には既に死んでいた。オレはずっと一人だった。一人で生きてきたんだ。

 オレの名の意味は救世主。本当の名はメルジア・アリファヌスというんだが、誰もがオレをメサイアと呼ぶ。誰が「メルジア」を覚えてくれているのだか。まぁそれはオレの定めなのかも知れないな。オレがどうこうできる問題ではないんだ。

 オレはアシェラルの民の族長候補だ。アシェラルの民は聞いたところによると、オレのいるこの小さな村アルペからしか族長は選ばれないそうだ。そして代々族長候補は一人だけしか選出されないことになっている。よってオレが次の族長になるのはほぼ確定したようなものなんだ。オレは将来を約束されていた。オレの先に、暗い影なんて一切無かった。

 アシェラルの民では代々優れた魔法の才を持つ者が族長になる。そしてオレは非常に優れた炎の魔法を持っていた。だから族長になれたのさ。オレの力は圧倒的で、村ではオレに敵う者なんて誰一人いなかった。そんなオレのあだ名は「救世主」。その由来にはオレの力の強さとあと一つ、オレがアシェラルの創始者の生まれたとされる日に生まれたことも関係している。誰もがオレを「救世主」と呼び、誰もがオレに「救世主」になることを望んだ。だからオレはひたすらに「救世主」であろうと頑張った。ゆえに通称は「救世主メサイア」だ。

 今日だって。

「メサイア様―!」

 道行けばかかる声。何事かとオレは振り向いた。

 オレの視線の先にいたのは一人の娘。彼女は困ったような顔をしてオレに近づいた。

「昨日、雨降ってましたよね? それでですね、私誤って薪を家の外に置いてしまって、それで薪に火がつかなくて困っているんですよ。だから」

「解った」

 オレは頷き、彼女に「どこだ?」と問うた。彼女は慌ててオレを件の家に案内する。

 そうさ、オレは「救世主」。全てのアシェラルを救わなければならない存在ゆえに、どんなに小さなことでも頼まれれば必ずしなければならない。ああ、やってやるさ、この力の続く限り。オレはその生き方しか知らない。どんなに他の存在になりたいと願っていても、「救世主」という立場から逃れるすべをオレは持たない。だからオレは変わることを願ってはいけない。変化を望むは罪なのだ。オレは「救世主」としての以外の生き方を知らないんだから。それ以外は教わらなかったんだから。

 だからオレは今日も淡々と「仕事」をこなす。午後には族長さまからの講義を受ける。

 実際「救世主」なんてそんなものさ。全然大した存在なんかじゃない。

 それにオレの炎の力は少しばかり――破壊に向きすぎている。現実世界じゃあまり役に立たないんだ。それこそ戦争でも起きない限りは、な。

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