第7話 メメントモリ

心を負傷したまま開ける玄関の扉は、とてつもなく重く感じる。

もう箸を持つ力もない、そんな気分だった。

「ただいま」

「おかえり、お母さんこれから折り紙教室行くから、あんた先風呂入っておいてね」

母は週に一度、折り紙教室へ行く。リビングやトイレには、和紙で折られたカエルや牛が鎮座している。気がつくと、その作品が増えたり減ったりしているので、「今度は虎かぁ」とその器用さに感心する。

私はビーチボールから空気の抜けるようなため息を出しながら風呂場へ向かった。

湯船に浸かると、その日あった出来事を、映画館のスクリーンを眺めるように、ぼんやりと思い出してしまう。

これが本当の映画ならなんて滑稽なんだろう。一体誰が価値を見出してくれるんだろう。

ぬるま湯の中の体はどろどろ溶け出していく、排水口の栓を抜けば一気に消えてなくなってしまうに違いない。

最近はどこにいても何をしていても、生活の中に死の臭いがある。

ラベンダーが香る、甘ったるい匂いのするシャンプーでも消えない死の臭いが。

あの日、アパートのベランダからぷっつり途切れた私の人生、そこから繋がった18歳のワタシの人生は、与えられた生ではなく、奪われた死なんじゃないだろうか。

何かを変えなければ、この煉獄から抜け出せないような気がしてならなかった。




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