第4話 にわか雨

土曜の夜だというのに駅前はやたらと静かだった。

携帯を見ると、父から「もう少しで着きます」とメールがきていた。

やたらと他人行儀な文章によく分からない動物の絵文字が並んでいる。

しばらくすると父がやってきた。

「ごめんごめん、ちょっと待たせたな」

「別に」

ラフな格好の私とは対象的にカチっとしたジャケットを着ていた。この気合が入った感じの父親を見た時に、なんとも言えない気持ちになるのはなんだろうか。

「すぐ近くのレストラン予約しておいたからな、なんでも好きなもの食べていいから」

「お腹空いてないしあんま食べないかも」

店内に入ると、暖かいオレンジ色の照明でリクエスト通り落ち着いた感じでなかなか良さげじゃないかと感心した。

「なにか先に飲み物注文するか」

「んじゃ、ビールにしようかな」

「まだ未成年だろ、もうちょい我慢しないとな、で、最近どうだ?」

「どうって・・・」

「受験は残念だったけど、また来年挑戦するんだろ?」

「いいよね」

「ん?」

「そうやって節目節目で父親面するのが贖罪になると思ってんでしょ」

父は何も言わなかった。

「こっちは24時間365日私なわけ、今までつらいことだって誰にも言えなくて悩んできたんだよ!お父さんとお母さんのせいだよ、分かってんの?」

声を荒げたせいで店内は少し重い沈黙に包まれたが、一瞬の間を置いて、また何事もなかったかのように、他のテーブルの客は各々の世界に入っていった。

「ごめんな・・・」

「ごめんじゃないよ」

面と向かって怒りをぶつけたはずが、自分が惨めで情けない気持ちになってることに気づいた時には、目から涙がこぼれ落ちていた。

この泥々とした空気を察したのか、少し神妙な顔のウエイトレスがメニュー表を持ってきた。

「こちら、本日のおすすめです、お決まりになりましたらお呼びください」

役目は終えたと言わんばかりにそそくさと立ち去ってしまった。

ウエイトレスのカットインが入り、私はエモーショナル地獄から抜け出すことができた。

「お父さんはうまくいってんの」

「ん?」

「再婚した人とだよ」

「あぁ、まあお父さんの話はいいから」

「よくないね、フェアじゃない」

「おっヒラメのカルパッチョってなんだろうな、頼むか?これ?うん、いいなご飯物はないのかな」

わざとらしくメニューを開いてブツブツ言ってる姿を見て、また地獄の鬼が騒ぎ出した。

その後は、父が中身のない会話を一方的に繰り出し、私も空返事で応酬した。

お店を出るとパラパラと雨粒が落ちてきた。

「あ~傘ないだろ、コンビニで買ってやるから」

「いいよ、駅まですぐなんだし、じゃ帰るね」

「お父さんな、麻衣が生まれた時すごく幸せだった、勿論今だって」

私は黙って地面を見つめた。

「お母さんとのことは悪かったと思う、でも人生そんなもんだ」

必死に懺悔をするのかと思い、少し構えてしまったが、急に開き直ったので思わず笑ってしまった。

「ふざけんな!」

私は必死に笑いを堪えて怒鳴った。もっと色々言ってやるはずだったのに。

「だからごめん、それしか言えない」

父も少し笑っていた。そして目から涙を浮かべているようにも見えたが、それは雨の仕業だったのかもしれない。






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