第六話

 結局、クローゼットの中で日記帳は見つからなかった。

 見つかったのは小さな細工箱パズルボックスだけ、あとは下着やシャツの類。特に注目すべき点はない。

 ダベンポートはパズルボックスをポケットに滑り込ませると、窓際の本棚を丁寧に調べているウェンディに声をかけた。

「こちらには何もなさそうだ。そちらはどうだね?」

「見つけましたわ。男の方は本当に隠しものが下手ね」

 その手に握られていたのは黒い皮表紙の日記帳だった。それも二冊。両方ともに鍵が付いている。

「ただ、」

 ウェンディは口ごもった。

「ただ?」

「一冊は鍵がかかっていなかったんですけど、もう一冊には鍵がかかっているんです。さっきからその鍵を探しているんですけど、それが見つからなくて」

「ふーん」

 ダベンポートはウェンディから二冊の日記帳を受け取った。

 鍵がかかっていない方の日記帳の方が大きい。

「…………」

 ダベンポートはそのページを手繰ってみた。几帳面にほぼ毎日日記がつけられている。

「……これは、読まれる事を前提に書いたものだな」

 日記を読みながらダベンポートはウェンディに言った。

「読まれる事を前提に?」

「ああ。筆跡が丁寧だ」

 日記の中の文字をウェンディに指し示す。

「それに、文法的に間違っているところもない。大方こちらは定期的に父親のウィンストン卿が読む事を想定して書いていたんだろう。だから学校の成績やら下らん出来事やらばっかりが書かれているんだ」

 ダベンポートはつまらなそうに鼻を鳴らすとその日記帳を閉じた。

「僕が見たいのはこんな綺麗事の日記じゃない。チャーリーやオリバーを殺した事、仲間の事、『シンジケート』の事だ」

「じゃあ、こちらがそうと?」

 ウェンディが細い指でもう一つの小さな日記帳を指差した。

 見れば、ウェンディは机に腰掛けている。がさつな仕草だったが不思議とウェンディは絵になった。

「ああ。アーロンは几帳面な性格だったようだ。奴は絶対に記録を残している。この日記帳がそうだと思うね」

「でも、鍵が見つからないことには……」

「これじゃないかな?」

 ダベンポートはポケットからパズルボックスを取り出すと、ウェンディに振って見せた。中からはカラカラと音がする。

「クローゼットの中にあった。だがパズルボックスを開けるのは時間がかかる。ウェンディ、その手帳のピッキングはできないのかい?」

「鍵が小さくてちょっと面倒です。できるとは思いますけど」

「やってくれないか?」

 ダベンポートはウェンディの髪の毛──より正確にはヘアピン──を指差した。

「ぜひ、この日記帳の中を見てみたい。僕が思っている通りなら、この日記帳は実におぞましい、悪魔の日記帳だよ」


 ウェンディは十五分ほどで日記帳の鍵の解錠に成功した。

「……ふう、開いたわ」

 片手で額を拭う。

「小さい鍵なのに複雑。高級品ね、これは」

「よし」

 ダベンポートは解錠された日記帳を受け取るとページを開いてみた。

「……うん。これだ」

 満足げに頷く。

「ウェンディ、よくやった。これで全部繋がったぞ」


 日記帳には『シンジケート』のメンバーの名前、自宅の住所、それに自筆のサインが最初に記されていた。

 そこから先はアーロンの筆跡で今までの悪事が事細かく記されている。

「……ハ、カンニング、万引き? くだらない事をしているな」

 ウェンディと肩を並べ、指で追いながら日記帳を読み進める。

「……あったわ。これ、チャーリーを殺害した時の事じゃないかしら」

「ふむ……誰が何をしたかまで事細かに書かれている。なんだ、あいつら見ていただけって十分に手を下してるじゃないか」

「……オリバーの件がないですね」

「もっと後ろだろう……ほら、あった」

 オリバー殺害の様子についても同様の詳しさだった。生々しくて吐き気がする。

「見たまえ。ここに『首を吊ったらどんな顔をするか見てみたい』と書いてある」

「子供は残酷ですわね。ここまで酷いことができるだなんて……」

 ウェンディがため息を吐く。

「良心と理性がだからね。たまに子供の方が恐ろしいと思うことがあるよ」

「でもなんでこんな記録を……」

 ウェンディはダベンポートの顔を覗き込んだ。

「これはシンジケートのメンバーを拘束するための道具なんだ」

 ダベンポートはウェンディに言った。

「これがあったら他の連中はアーロンに逆らえない。そして罪を重ねるほど、この日記帳の拘束はきつくなる。考えてもみたまえ。これを見れば誰がチャーリーを蹴り落としたか、誰がオリバーの首に紐をかけたのかまで一目瞭然だ。アーロンは本当に悪党だな。よくこんな事を考えついたよ」

「でも学校での評判は良いみたいでしたけど……」

「こんな日記帳があったら悪事だって外には漏れんだろう。何しろシンジケートの連中は何も喋らないし、他の生徒たちだって怖がってあまり近づかない。おそらく隠蔽も完璧だったんだろうな」

「でも、これからどうします? これを暴露して告発しますか?」

 ウェンディはダベンポートに言った。

「いや。それだと最後の謎、アーロンが焼死した理由がわからなくなってしまう。ここは一つ本人たちに自白させようじゃないか。ウェンディ、今から学校にもっと噂を流すんだ。騎士団がアーロン殺害に関して決定的な証拠を握ったらしいってね。そうすればブルって必ずこの日記帳を探しに来る。そこを捕まえてやる」

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