第五話
(アーロンの日記帳か……)
ウェンディと別れた後、歩きながらダベンポートは考えていた。
アーロンの部屋は一応掃除はされたものの、まだ遺品は残されていた。遺品の返還はこの捜査が終わってからだ。
ウェンディはウィンストン卿からの依頼を携えていた。曰く、アーロンの日記だけでも先に返して欲しいという。どうやらそれを読んでせめてもの慰めにしたいらしい。
(引きこもっている二人がこの日記帳の存在を恐れているのであれば、話の辻褄は合うな。アーロンが生きている間は日記帳も安全だが、今なら誰でも見られるはず)
考えがまとまるうちに自然に足取りが速くなる。
(うむ。では仮にアーロンが生きているうちに二人がその日記帳を奪おうとしたらどうだ? なぜ仲間内で日記帳を奪い合ったのかは判らないが、もみ合いになった後になんらかの事故が起きてアーロンは炎上した……)
ダベンポートはアーロンの部屋の前に立つとドアの鍵をポケットから取り出した。寮の鍵だけあって簡素な作りの鍵だ。
(ともかく日記帳だ。何が書いてあるのかは判らないが、おそらく何か二人にとって致命的な事が書かれているんだ)
部屋の中は薄暗く、中は整理されていた。先日捜索した時と特に変わった様子はない。
あの時は全体を眺めたが、今回は日記帳という探し物がある。
部屋の右側にベッド、左側には勉強机とクローゼット。
ダベンポートは念のために後ろ手にドアを施錠すると、クローゼットの引き出しの中を丁寧に探り始めた。
…………
ウェンディはウェンディでやはりアーロンが焼死した日の夜が怪しいと当たりをつけていた。おそらくは夜。きっと物音があっただろう。
「そう、あの事件のあった日。あの日の前の晩、お隣の部屋で何か物音はなかったかしら?」
ウェンディはできる限り柔らかい笑顔を浮かべることを心がけながら生徒達への聴き取りを始めた。
「アーロン君のお部屋で何か不審な音とか出来事とかなくて?」
「アーロン君の事を調べているんだけど」
「夜に物音がしたこと、なかった?」
ところが生徒からの情報は不調だった。
「あの部屋、いつも騒がしかったんですよ」
一番有力そうだった向かいの部屋の生徒は、少しモジモジとしながらウェンディに言った。どうやら男子校の生徒にウェンディは刺激が強すぎるらしい。
「いつも夕食の後になると集まってなんかしていたようでした。夜にはお酒も飲んでいたんじゃないかなあ。声が大きくなっていましたから」
「でも、あの夜はアーロン君は一人でお勉強していたって聞いていたけど……」
「はは、たぶんそれはないと思います。あの部屋はいつも夜の溜まり場になっていましたから」
「誰が来ていたかは判って?」
「いえ、そこまでは」
「そう……」
もうちょっとなのに。つい、落胆が顔に浮かぶ。
そんなウェンディの様子に焦ったのか、生徒はまるでウェンディを引き止めるかのように再び口を開いた。
「あ、あの、あと、これは違う話なのかも知れないですけど」
「何かしら?」
ウェンディは優しく生徒の顔を覗き込んだ。
「最近、寮で幽霊の噂があります。アーロンが歩いていたって。あとどこかから人の声がするとか」
学校の寮にありがちな与太話だ。究極のリアリストの集団である魔法院の捜査官は誰一人として幽霊も心霊現象も信じてはいない。
「バカねえ、幽霊なんているわけがないでしょう? 魔法院が保証するわ。幽霊なんて存在しません」
古い寮で陰惨な事件が続いている。確かに生徒が怖がって幽霊に怯えるのも無理はない。
「もし必要だったら言ってね。魔法院の教会から護符をもらってきてあげる。気休め程度だろうけど」
ウェンディは生徒に言った。
「ありがとうございます」
生徒の顔が赤くなる。
「でも、いい事を聞かせてくれたわ。どうもありがとう」
ウェンディはもう一度にっこりと生徒に微笑みかけると、その生徒との会話を切り上げた。
(騒がしかったってことはその日もこの部屋に集まっていたのね。一人で勉強していたなんて真っ赤な嘘。そこで何かが起きたんだわ。でも、何をしに集まっていたのかしら)
ちょっと見てみようかしら。
ウェンディはヘアピンを一本抜くと、アーロンの部屋の鍵を覗き込んだ。
簡単な作りの鍵だ。こんなもの、簡単に解錠できる。
「エイっと」
ウェンディはあっと言うまにアーロンの部屋を
…………
「ん? ウェンディ?」
クローゼットをガサゴソしていたダベンポートはドアが開いたことに気づいて顔をあげた。
「あら、ダベンポート様?」
ウェンディが驚いた顔をする。
「ウェンディ、君もここに辿り着いたのか。しかし、どうやって開けた?」
「女には女の武器があるんですのよ」
ウェンディはニコッと笑うと、ダベンポートにヘアピンをかざして見せた。
「やれやれ」
思わず苦笑いが漏れる。
「いつから魔法院はピッキングの技術まで教えるようになったんだ?」
「独学ですの」
少し得意げに顎をあげる。
「へえ」
「ところでダベンポート様はなぜ?」
「僕は探し物だ。ウェンディ、君は一体何を探している?」
特に何も考えていなかったウェンディは
「乱闘とか、何かの痕跡が残っていないかと思いまして」
とだけダベンポートに答えて言った。
「ふーん。だがそれはもう見込みが薄いな」
ダベンポートは肩を竦めた。
「最初に来た警察が事もあろうに現場を片付けてしまったんだよ。おかげで燃え殻を探すのも一苦労だった」
「まあ、そうでしたの」
ウェンディが少し表情を曇らせる。だがすぐに
「それでは、ダベンポート様は何をお探しになっておりますの?」
と訊ね返した。
「日記帳だよ」
ダベンポートは言った。
「アーロンの日記帳だ。連中は『シンジケート』なんて名乗っていたそうじゃないか。だとすれば子供のする事だ、アーロンはきっと何かにシンジケートのことを書いているって思い当たったのさ」
「ああ! ウィンストン卿の仰っていた!」
ウェンディは手を打った。
「なるほど。で、クローゼットの引き出しですか」
面白そうに笑いながらウェンディはダベンポートに言った。
「ん? 何かおかしいかい?」
ダベンポートは再び引き出しの中を覗き込んだ。
「僕なら日記帳なんて人に読まれたくないものは絶対にクローゼットにしまうね。いや、あるいはランドリー袋でもいいか。あまり他人が触りたくないところにしまうのが得策だ」
「じゃあ、臭い生ゴミの中も候補になりますわね」
ウェンディのクスクス笑いがさらに大きくなる。
「……何が言いたい?」
「男の方はみんな一緒ですわね。私の父の秘密の手紙の束もクローゼットの靴下の下から見つかったものですから、つい」
「…………」
思わず渋い顔になる。
「でも、アーロンの日記はおそらくそこにはありませんわよ、ダベンポート様。ダベンポート様は少々物を難しすぎに考えておいでです。子供のする事だとダベンポート様もおっしゃったじゃないですか。ならば木を隠すなら森の中、だと思いましてよ」
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