第四話
それから数日後。
その後、捜査は急に足が止まってしまっていた。聞き込みを続けても新しい情報が手に入らない。
新しく判った事といえば、アーロン、オリバー、チャーリーの三名が遊び仲間だった事くらいだ。しかも引きこもっている二人まで同じグループだ。
「繋がったな」
ダベンポートは騎士団の小隊長と話していた。
「ええ、不思議ですけどね。『シンジケート』なんて名乗っていたみたいですよ。アーロン君を中心とした、いわゆるお取り巻き連中という奴です」
小隊長が言うには、二人の引きこもりが始まった原因もアーロンの死が関係しているようだという。
「しかし、訳のわからない話だな」
ダベンポートは小隊長に言った。
「最初の二人の遊び仲間の時は死んでもなんともなかったのに、アーロン君が死んだら急に引きこもったのか」
「そうです」
小隊長は頷いた。
「確かにアーロン君の死に方は酷いが、前の二人にしても酷いものです。どうにも解せません」
「これは本人たちに聞くのが一番早いかも知れんな。お話を伺おうじゃないか。ちょっとグラムと相談してみてくれ」
先日科学捜査班に依頼した調査の結果にはなかなか興味深いデータが含まれていた。
ダベンポートが集めた灰にはガラス片が含まれていたのだ。他の塵の類はまだ理解できるが、ガラス片が判らない。
(酒、か?)
ダベンポートは腕を組んだ。
(確かに酒で潰して燃やしたとすれば簡単なんだが、酩酊していると言ったって身体が燃えて暴れないなんてことがあるんだろうか?)
何しろ遺体は燃えてしまっているのだ。手がかりは限られていた。
人体自然発火とされる現象には多量の飲酒が関係すると言う説もあったが、そもそもダベンポートは人体自然発火を全く信じていない。
これは必ず殺人だ。しかも、何か偶然が絡み合って判りにくくなっているタイプの。
「方向を間違えたかな?」
ダベンポートは独り言を言った。
「なんでガラス片なんて出てくるんだろう?」
…………
「騎士団はなんでもするよ」
引きこもっている少年の一人、ショーン少年の部屋のドアをブチ抜くと、騎士の一人はベッドに縮こまっているショーン少年の前に仁王立ちになった。
「だが、素直な子には優しいんだ。さて」
大柄な騎士はギシッと音を立てながらベッドの足元に座った。
「オリバー君の件を聞きたいんだ」
騎士は鋭い瞳を向けた。
「一人で飛び降りるのなら、理解できる。だが、その時はそばに君たちがいたようじゃないか。目撃者がいたよ。君、何をした?」
「悪いのはアーロンなんです。僕は見ていただけです」
少年は簡単に口を割った。
「アーロンがここから飛び降りれば今までの事は許してやるってオリバーに言ったんです」
「今までのこと?」
「オリバーは弱虫だったから、アーロンの言うことができなかったんです。酒を買ってくるとか、タバコを買ってくるとか……」
「で、ベランダから飛び降りろってか? 無茶苦茶だな、君たちは」
「そこのベランダは二階です。下も斜面になっているから大丈夫だと思ったんです。でもオリバーは動かなくなっちゃって……アーロンは厳重に口止めしました。でそのうちに自殺で処理されたんです」
チャーリーの件もほとんど同じような話だった。
なに、この紐は細い。飛び降りても紐が切れて少し怪我をするだけだろう。チャーリー、男を見せろ。
だが紐は切れず、チャーリーの首は締まった。周囲で固まっている少年たちにアーロンは厳重に口止めし、その件はまたしても自殺として処理された。
「おいおい、このアーロン少年はとんでもないな」
グラムは思わず嘆息した。
「これじゃあこいつが
「隊長。それを言ってしまったら……」
「ああ、失言だったな。どのみちもう死んでるし」
「また失言」
「はっは、悪い」
グラムは笑った。
「さて、アーロンが面白半分でオリバーとチャーリーを殺した事は判った。で、この主犯まで死んじまったのか。しかも証拠も残さず燃え尽きるって、本当にオカルトじみてきたな。一人で勉強していたって話だろ?」
「他には特に聞けることはありませんでした」
「しかし、やっと絵が見えてきたじゃないか」
ダベンポートは騎士達に言った。
「単独事件だと思っていたものが実は連続殺人、そして連続殺人に見えたものは単なるアーロンのグループ内での暴行だったわけだ。これが優等生だったって言うんだから笑わせる」
「全くこれじゃあ愚連隊だよなあ」
騎士の一人はため息を吐いた。
「愚連隊同士の殺し合い、だがそのリーダーも死んだという訳か」
「アーロンの事は何か言っていなかったのか?」
グラムは部下に訊ねた。
「確かにアーロンのことは怖がっていた様子でしたが、それ以外は特に……」
「解せないのはその引きこもり君達だ。彼らはその恐ろしいアーロンが存命中は平気にしていて、なんで死んでから急に怯えるんだ? そこがどうにも判らない」
ダベンポートに言われ、グラムが少し考える。
「ふむ」
グラムは急に真顔に戻るとダベンポートに言った。
「死んだ二人が化けて出たんじゃないか? エクソシストでも呼ぶか?」
「バカなことを言うなよ、騎士のくせに。そんな訳があるか」
思わずグラムの胸を拳で小突く。
「じゃあ、その引きこもっている愚連隊の残りをもう少し手荒に尋問したらどうだ? まだ絞りきれていないのかも知れん」
「喋りますかね? そもそも何かを知っているのかどうかすら……」
小隊長がグラムに言う。
「うむ、それも確かにその通りだなあ」
グラムは周囲を見渡した。
顔触れはいつもの騎士団の面々だ。だが、一人新顔がいる。科学捜査班の報告書と一緒にやって来た例の魔法院の新しい捜査官だ。
「いえ、これ以上の尋問は悪手だと思います」
その、ウェンディと言う名の女性魔法捜査官は報告書を手繰りながら早速右手をあげた。
「ん? 君は?」
グラムが彼女の顔を見つめる。
ダベンポートはグラムにウェンディを紹介していなかったことに気づき、慌てて二人を紹介した。
「ミストレス・ウェンディ・ファニング、こちらは王立第三騎士師団のグラム中隊長だ。グラム中隊長、こちらはミストレス・ウェンディ・ファニング、今日から着任した魔法院の女性魔法捜査官だ」
ウェンディは優雅に腰を低くし、グラムは右手を差し出して挨拶する。
「急な話で恐縮なんだが、魔法院から茶々が入った。今日からはウェンディも捜査に参加する。今までのまとめは午前中のうちに目を通してもらったので不都合はないはずだ」
「大丈夫です。報告は読み終わりました」
なかなかに頭の回転が速そうな女性だ。
「先ほど校医さんから二人の様子を訊きました。どうやら精神的にはかなりまずい状態のようです。これ以上これ以上追い込んでも効果は限定的かも知れません。そこでお願いなのですが、」
とウェンディは言葉を切った。
「私も学校の中の様子を知りたいですし、ここは一つ、子供達のことは私に任せてはいただけませんか?」
ウェンディは最近売り出し中の新人捜査官だったが、その優秀さはすでに知られていた。その発言からは自信と共に何か目立った成果を出したい功名心のようなものも透けて見える。
「ふむウェンディ、確かに女性が訊けば何か他のことが判るかも知れないな。そちらは君に任せてみるか。お手並み拝見と行こう」
「俺も別に異論はない。必要ならば俺の部下を使ってくれて構わない」
グラムも頷く。
「ありがとうございます」
二人の言葉にウェンディはにっこりと頷いた。
「しかし驚いたね」
騎士団の面々が去っていった後、廊下を歩きながらダベンポートはウェンディに言った。
「何がですか?」
「君のことだよ」
かすかに眉をあげる。
「気が強い女性だとは聞いていたが、あの場で名乗りをあげるとはなかなかだ」
「あら? そうですか?」
「だが、会ってみたらチャーミングな女性じゃないか。噂とはずいぶん違う」
「まあ、お上手」
ウェンディはコロコロと笑ってみせた。
「それにその制服だ。魔法院の制服はもう少し野暮ったかったと思うのだが……」
「許可を頂いて少し仕立て直しましたの。シルエットがどうしても気に入らなくて」
「なるほどね」
ダベンポートは頷いた。確かにウェストを絞り込み、肩を膨らませた流行りのシルエットになっている。ブラウスの襟も少し直しているようだ。
「まあ、女性も色々大変だよな」
「そう。服装一つとっても大変ですの」
ウェンディはこれから生徒たちと会ってしばらく探りを入れてみると言う。朝の騒ぎのおかげでショーン少年はさらに具合が悪くなってしまったらしい。もう一人のエリック少年も状況は変わらず、到底話を聞ける状態ではないというのが校医の見立てだ。
「あの二人は後回しにしましょう。それにしても騎士団の方にも困ったものね。怯えさせても仕方がないのに」
「いや、あの件に関しては僕が悪い。グラムに軽くジャブを入れてみろと言ったんだが……」
「ジャブどころか、相当なショック状態みたいでしてよ、校医さんによれば」
「まあ、相手を怯えさせるのがいつもの手段だからねえ」
ダベンポートは頭を掻いた。
「ともかく、私は私の方法で当たってみます。ではダベンポート様、後ほど」
ウェンディは優雅に挨拶すると上品に歩いて行った。ゆるくまとめたライト・ブラウンの髪、知性を感じさせる目の光、細い鼻梁。長身の彼女は魔法院の制服を着ていなかったら女教師と言っても通用しそうだ。
「やれやれ」
何がやれやれなのか自分でも判らなかったが、ダベンポートはもう一度首の後ろを掻くと自分の調べものを続けるためにアーロン少年の部屋へと向かった。
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