第三話

 なんとなく事件の残渣を引きながら、ダベンポートは遅い時間に帰宅した。

「ただいま、リリィ」

 カラン、カランというドアベルの音。

「おかえりなさいませ、旦那様。今日はカーベットバッグステーキにしました」

 すぐにリリィがパタパタと迎えに来てくれる。

「ふむ、それは元気が出て良さそうだね」

 ダベンポートは疲れ気味だ。

 ダベンポートはインバネスコートをリリィに預けると、リビングのソファにどっかりと座った。

 リリィのカーベッドバッグステーキはポケットを作った大きなステーキにオイスターを押し込み、これを縫い合わせて焼いたものだ。ソース代わりになるオイスターとビーフのコンビネーションが素晴らしい。疲れている時にはこれに限る。

「スープもオイスターチャウダーにしました。オイスター祭りです」

「ふむ、それはそれは」

 ダベンポートは景気良く両手を擦り合わせた。


 肉汁たっぷりの分厚いステーキを二人と一匹で楽しんだ後、ダベンポートはいつものようにリリィをリビングに誘った。

 最近ではもうダベンポートは包み隠さず──無論グロテスクな部分はオブラートに包んで──仕事の事も話すようになっていた。その方がリリィも安心するようだし、それに自分の考えの整理にもなって丁度良い。


「今朝グラムが人体自然発火スポンテニアス・ヒューマン・コンバッションなんてバカな事を言っていた件なんだがね。早速行き詰まったよ」

 りんごの香りのお茶を飲みながら、ダベンポートは向かいに座ったリリィに話し始めた。

「僕は人体自然発火なんて非科学的な事は絶対に信じない。だから今回の件も単独殺人事件だと思っていたんだ。……だがリリィ、それがそうでもなさそうなんだよ。正直、少々参った。見込みが狂っていたようだ」

「え? じゃあやっぱり人体自然発火なんですか?」

 リリィはびっくりしたようにダベンポートの顔を見つめた。

 青い大きな瞳が興奮で輝いている。

「いやリリィ、そうじゃない」

 ダベンポートは人体自然発火という言葉に目を輝かせるリリィに微笑んだ。

「違っていたのは単独殺人事件の方だ」

「なんだ。そうなんだ……」

 この年頃の女性は誰でもそうであるように、リリィも神秘的なものが好きだった。だから一瞬ダベンポートが人体自然発火を認めたのかと思ったのだが、どうやらそれは違ったようだ。

 いつものようにリリィの膝の上には我が物顔でキキが座っている。

 今日のキキはいつもにも増して満足げだ。ステーキとオイスターをリリィから少しずつもらったからか、今も一心にヒゲを撫でている。

「クア……」

 我関せずとばかり、キキはリリィの膝の上で丸くなると大きくあくびをした。

「猫はいいよな、気楽でさ」

 思わずダベンポートはキキの頭を指で突っついた。

「それで、何が違うんですか?」

 リリィが話の先をせがむ。

 ダベンポートは話を事件の方に再び戻した。

「いや、実はね、他にも二人死んでいるんだ……」


 ダベンポートはリリィに他にも二人死んでいた事、しかもこの三件が最近急に起きている事をリリィに説明した。

「アーノルド校はそれなりのエリート校だ。そこで急に三人、しかもそれまでは平穏無事な学校でだよ? どうもあの学校では何かが起きている気がする」

「嫌な話ですね」

 リリィは膝の上のキキの背中を撫でながら相槌を打った。

「ああ」

 浮かない顔でダベンポートが頷く。

「かと言って連続殺人としては不自然な事が多すぎる。繋がり目がまるで見えない」

「繋がり目?」

 リリィは不思議そうにダベンポートの顔を覗き込んだ。

 リリィが身を乗り出している。興味を持っている証拠だ。

「今回亡くなったのはアーノルド校でも成績優秀な優等生でね、学校からの信望も篤かったらしい。ところが残りの二人は平凡な生徒なんだ。特にそのうち一人はむしろ劣等生と言っていい。だから、この三人が連続して殺される理由が判らないんだよ」

 ダベンポートは言った。

 ダベンポートは転落死したオリバーと、首を吊っていたチャーリーの件は故殺だと睨んでいる事をリリィに説明した。どちらも事故死として処理はされているが、事故、あるいは自殺として扱うには状況が異常すぎる。

「でも、連続殺人って無差別ではないんですか?」

 リリィは不思議そうに小首を傾げた。

「無差別なのだったら別に成績なんて関係ないんじゃ……」

「違うんだよ」

 ダベンポートは両手を使ってリリィに説明した。

「リリィ、こういう学校での事件の場合はね、普通は殺される側にも共通点があるんだ。ギャングだったり不良だったりとかね。成績優良な生徒が上から殺される場合もあるか。しかし、大概の場合は同じようなグループに入る事が多いんだ」

「ふうん、そうなんですね」

「ああ」

 ダベンポートは頷いた。

「でも今回は違う。三人ともてんでバラバラだ」

「三人は同時に亡くなったのですか?」

 リリィはさらに身を乗り出すとダベンポートに訊ねた。

「いや、別々だ。場所も別だし、原因も別だ」

「へえ。面白いですね」

 どうやらリリィにも少しダベンポートの冷血が移ってしまったようだ。仮にも人が死んだ話を聞いて『面白い』は少々まずいかも知れない。

「でも、だったら無理に『連続殺人』って思う必要はないんじゃないですか? 旦那様がおっしゃる通り、あまりにとりとめがありません。わたしにはその三人がなにかの偶然で同じ時期に亡くなったように思えます」

「ああ、まあそうなんだよな」

 ダベンポートも頷いた。

「そうなんだ。……そうなんだが、どこか引っかかるんだよ」

「その他に変な様子の子はいるんですか?」

 リリィは質問の矛先を変えた。

「……ああ、いるね」

 ダベンポートは騎士団の報告書を思い出しながらリリィに言った。

「二人、引きこもっている生徒がいる。寄宿制の学校だからね、引きこもりは珍しい」

「その二人の子が引きこもってしまったのはいつからなんですか?」

「そのグラムがいうところの『人体自然発火』で優等生の子が死んでからだ」

 お茶の甘い香りを楽しみながら、ダベンポートは人差し指を立てた。

「それまでは平気にしていたのが、急に引きこもってしまったらしい。何かに怯えているようだ」

「普通に考えれば、その子たちは優等生の子の次が自分だと思っているみたいですね」

 リリィは宙を見つめて考えた。

「わたしなら、多少無茶でもその引きこもりの子達からお話を聞きたいです」

 リリィの頰が上気している。真剣に考えている証拠だ。ふとリリィはいたずらっぽく笑った。

「子供は時としてとてもんです。引きこもっているふりをしているだけなのかも。昼間は隠れていて夜になると出てきているとか。お腹だって空くでしょうし。何か隠し事をしているのかも知れません」

「ふむ」

 確かに一理ある。リリィと話すと頭がスッキリする。

「では明日からはちょっとその線で探ってみるかね。早くお子様が亡くなった経緯を突き止めないとウィンストン卿がうるさくてかなわん」

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