第二話

 アーノルド校はセントラルの郊外の丘の上に建てられた、煉瓦造りの小ぶりな私立の男子校だ。在校生は約一千人。一学年は二百人に満たない。

 投入した騎士団は全部で十人。ダベンポートから指示を受けた後、彼らは早速肩をそびやかせながら校内を徘徊し始めた。

 それぞれが持ち場を決め、常に同じフロアを担当する。そうすればより早く生徒達と顔見知りになれる。


「やあ、これからよろしく」

「俺らはここにしばらくいるから」

「やあ、君は良い制服を着ているな。特別製かい?」


 ダベンポートが騎士団に指示したのは要するに生徒達に対する浸透工作だった。

 生徒たちと密な人間関係を構築せよ。酒が必要だったら買ってやれ。猥談を聞きたがったら話してやれ。剣を見たがったら触らせてやれ。とにかく人間関係を作れ。その上で、アーロン少年とその周辺の人間関係を把握されたし。

 浸透がうまく行けば行くほど良質な情報が早く手に入る。ダベンポートはそのためには手段を選ぶなと厳命した。あの年頃の少年たちは少し『悪い』ことや『大人の世界』への憧れが強い。ならばそれを見せてやれ、必要だったら不良少年になるための手引きをしても構わんとダベンポートは騎士団に命じていた。


 こうしてアーノルド校内に騎士団を徘徊させる一方、ダベンポートはアーロン少年の居室を調べていた。

 人体自然発火スポンテニアス・ヒューマン・コンバッション

 ダベンポートは人体が勝手に発火するなどという与太を全く信じていなかった。

 人体が燃えるためには必ず原因があり、その原因の背後には人がいる。

 残念ながら現場は警察に片付けられてしまっていた。それでも証拠はまだ残っているはずだ。

 ダベンポートはアーロン少年の部屋に入ると鼻を動かしてみた。

 ふむ、油の匂いはしない。

 部屋には少し、動物性の油が燃えたような匂いが残っていた。

 床の焦げ跡をチェックし、ついで天井を見上げる。

 天井には黒い煤の跡が残っていた。

(煤が上がったのか……)

 ガソリンの燃焼は爆発的だ。ガソリンを使ったのであれば煤程度では到底済まないだろう。

(ガソリンを使ったのでなければ、やはり燃焼呪文か……)

 ダベンポートは燃焼呪文の式を思い出してみた。

 燃焼呪文は難しい呪文ではない。ちゃんと学べば小学生でも使えるし、内部から燃えるから骨まで消し炭になった理由にもなる。

 机の下に潜り込み、すでにダベンポートは警察が片付け忘れたらしい小さな石炭の欠片を見つけていた。

(ふん、エレメントは石炭か。教科書通りだ。しかし、これで出力が足りるんだろうか?)

 蝋化は高熱で人体が燃え上がった時に体内の脂肪が燃焼する事で起こる。脂肪が燃えれば煤は上がるだろうが、果たしてこれだけの量で人を灰にすることができるのか?

 もう一つ判らないのは着衣の件だ。なぜ、着衣が燃えないで、人体だけ燃える?

 ダベンポートはクローゼットを開けてみた。

 中にはまだ数着、制服がぶさらがっている。

(数が合わない……)

 クローゼットの中には服がかかっていないハンガーが二つ下がっていた。

 裕福な家庭であれば、毎日制服は取り替える。制服は順次洗濯に送られ、翌週にはまた着用できるように準備される。

「……ああ、なるほどね」

 声に出してダベンポートは頷いた。

 やはり着衣はアーロン少年と共に燃えたのだ。一着は燃え、そして一着が何者かによって現場に残された。ばかばかしいほど簡単だ。もしこんな簡単な事にも気づいていないとしたら、王国の警察は本当にポンコツだな。

 しかし、なぜそんな事をしたんだろう。人体自然発火などという突拍子もない事を偽装に使うとは考えにくい。何らかの理由で偶然そうなったのだ。

 だが、なぜだ。

 ダベンポートは新たな疑問に頭を悩ませながら、苛立たしげにクローゼットの扉を閉じた。


 方法は判った。あとは動機と、誰がこんな事をしているかだけだ。

 アーロン少年の部屋のソファに座ってダベンポートは考えていた。

 魔法で人は殺せない。魔法で殺すなら相手が動かないようにしなければならないはずだが、その方法が判らない。

 魔法陣もそのほかも一切が燃えてしまって証拠は残っていなかった。

 状況から考えればアーロン少年を縛って燃やしたと考えるのが一番合理的だ。だが、そう断定するには証拠が欲しい。

「ふむ、ここは科学捜査班の出番だな」

 ダベンポートは科学分析に出すために、現場から片付けられてしまった灰の残りを丁寧に集め始めた。

…………


「どうだい、様子は」

 アーロンの部屋を調べた後、ダベンポートは接収した空き部屋の窓から校舎の中を徘徊する騎士達を眺めながらグラムに訊ねた。

「ああ、順調だ。浸透率十五パーセントってところかな」

 まだ一日目だが、騎士団は精力的に生徒達との人間関係を深めているようだ。

「それは結構」

 ダベンポートがニンマリと笑う。

「さてグラム、君の敬愛すべき部下君達には追加で次の任務を伝えて欲しいんだ。生徒たちと話す時には僕たちがアーロン君、オリバー君とチャーリー君の事を調べているとそれとなく吹き込むようにってね」

「それは、何か意味があるのかい?」

 グラムは不思議そうにダベンポートの顔を見つめた。

「ああ、大ありだ」

 ダベンポートが答える。

「三人が亡くなった日付を見てみたんだが、あまりに日付が近すぎる。最初にオリバー少年が転落、次にチャーリー少年が首吊り、挙げ句の果てにはアーロン少年が焼殺だ。これにはきっと何か意味がある」

「それってどう言う……」

「グラム、僕は自殺やら転落死やらという校長の見解を信じていないんだよ。この学校は過去数年間特に問題がなかったのに、ここ三ヶ月で急に三件の不審死だ。これは明らかにおかしい。この件は連続した殺人事件だと僕は思ってる」

「連続殺人、か」

 ようやくグラムは頷いた。どうやらグラムもダベンポートが何を考えているか理解したらしい。

「そうであるならば、僕は潜んでいる犯人にプレッシャーを与えたいんだ。騎士団が来たぞ、探されてるぞってプレッシャーをね。要するに炙り出しだ」

 ダベンポートが昏い笑みを浮かべる。

「この学校は寄宿制の男子校だ。犯行時間が夜である事を考えると犯人は学校の関係者、それも生徒である可能性が濃厚だろう。そこで、騎士団が乗り込んできて捜査をしている事を大々的にアピールするんだ。それも彼らに向かって捜査の手が伸びてきているってね。相手を浮足立たせて失敗させる。それが眼目だ」

 ダベンポートは剣呑な目つきで言葉を続けた。

「グラム、あの手の連中は殺すのをんだ。殺人中毒みたいなものだ。ここを突くんだ。殺したい、だけど殺せない。相手は子供だ。そんなジレンマに落ち入れば奴らは絶対に尻尾を出すはずだよ」

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