第一話
いつもの日のいつもの朝。
しかし、ダベンポートはいつもの登院前の朝食とは異なり、突然馬車で訪ねてきたグラムに捕まっていた。
例によって騎士団からの協力要請だ。
「
仕方なくリビングでお茶を振る舞いながら、ダベンポートはグラムの言葉に眉を上げた。
「どうしたね、それが?」
「おいおい、お前ともあろうものがそれを訊くかね」
呆れてグラムが両手を広げる。
「突然、人が燃えたんだぜ?」
「火の気がないのに人が燃えちゃう現象ですね。この前新聞で読みました」
キキと地下のキッチンに戻ろうとしていたリリィが振り向いて話に加わる。
「ほらみろ、リリィさんまで知ってるぞ」
グラムは得意げだ。
「ほお、リリィは最近新聞を読み始めたのかい?」
ダベンポートは空惚けるとリリィに訊ねた。朝の楽しいリリィとの時間を邪魔されたのだ。少しは意地悪をしてやりたい。
「はい、少しでも旦那様と一緒にお話がしたいなあと思って」
そう言ってリリィが頰を赤らめる。
「ふむ」
ダベンポートはどう答えて良いか判らず、黙って頷いた。
「……うん、うまいお茶だ。この隣国のブランドはなかなかだな」
お茶を一口啜り、香りを楽しむ。
「だからさダベンポート、人が燃えたんだって」
わざと惚けるダベンポートにグラムが苛立つ。
「いや、流石にそれは僕にも判る。で?」
ようやくダベンポートはグラムに言った。
「ただの殺人だろ?
「まあ、服だけ残して焼殺するのを殺人というのなら確かに殺人だが。しかし骨も残ってなかったんだぜ?」
あまりに冷淡なダベンポートの態度にグラムが鼻白む。
「いや、だってそうだろう?」
ダベンポートはグラムに言った。
「相手を焼殺しようと思ったらいくらでも手はあるよ。そんな事にいちいち驚いてはいられない。ガソリンでもかけて燃やしちゃえばいいんだ」
「着衣を残してかい? 燃やし尽くすのならともかく、服を残して中身だけは骨も残さず焼くなんてそんな器用な真似、魔法以外では出来んだろう?」
「また君はそうやって魔法の一言で簡単に片付けようとする」
ダベンポートは渋い顔をした。
「そう簡単には魔法で人は殺せない。動かない相手ならともかく、息をして動き回る相手を焼殺するなんてそんな器用な真似、小回りの効かない魔法では到底無理だと思うんだがね」
「まあ、どちらでもいい」
グラムは言った。
「死んだのはウィンストン子爵の息子のアーロン君だ。アーロン君はさ、その日は寮の自室で勉強していたようなんだ。ところが翌日授業に出てこないから級友が呼びに行ったら本人だけが消し炭になっていたと、簡単に言えばそういう事らしい。服は焦げていたようだが、中身が消し炭で服は焦げる程度って変だろう? これを事件と呼ばないで何が事件だ?」
「密室ね。それで居室には被害がない……」
少し、ダベンポートはやる気になったようだった。
「アーノルド校は個室なのかい?」
「上級生はそうらしいね」
「なるほど、面白いと言えば面白い。で、状況はどうなっているんだい?」
「例によって警察はサジを投げた。何しろ被害者はウィンストン子爵の息子だからね。端くれとはいえ貴族は貴族だ。貴族の話になるとすぐに警察はサジを投げる」
「まあ、面倒だろうしね。
「それがさ、こともあろうに警察が捨てちゃったみたいなんだよ」
グラムは嘆息した。
「捨てた?」
流石にダベンポートの目が怒る。
「それはひどいな」
「あいつら、掃除までして行きやがった。そこから先はお約束の展開さ。警察から
グラムは騎士団の封蝋付きの書状を差し出した。
「やれやれ」
肩を竦めながら封蝋を開く。
「で、これが警察の寄越した第一調書だ」
続けてグラムは薄い書類を差し出した。仕方なく調書に目を落とす。
「……ほう、ウィンストン卿はパブリックスクールの有力者なんだな。しかし、そんな教育者の息子がなぜ死ぬかね? 十七歳? まだ子供じゃないか」
「それを調べるのが俺たちの仕事だ。もしこれが人体自然発火現象ではなくて殺人事件だとお前が言うのであれば、俺たちは犯人を捕まえないといかん」
「まあ、協力は惜しまないけどね」
大儀そうにダベンポートはソファに身体を沈めた。
「これは不愉快な事件になりそうだな」
+ + +
「なんだか急に不審死が増えているみたいだね」
調書を読み終わったダベンポートはグラムに言った。
「最近、他にも二人死んでいる。呪われてるぞ、この学校」
「まあな」
グラムは肩を竦めた。
「そこは俺もちょっと気になった。とは言え、その二人は所詮はただの商家の子弟だ。警察に任せておけばいい。しかし今度は違う。一気に大事件になっちまった」
「メディアは?」
「まだ知らん、はずだ」
「では急がなけければならない訳か」
「そういう事」
「パブリックスクールねえ」
まだソファに身を沈めたまま、ダベンポートはグラムに言った。
「少なくとも僕には学校時代のいい思い出なんてほとんどない」
「そう言うなよ」
「やれやれ」
ダベンポートは身を起こした。
「生徒は何歳から何歳なんだい?」
「十二歳から十八歳だ」
「君の中隊で一番若い奴は何歳だい?」
「十七の奴がいるな。十八の奴も何人かいる」
「じゃあ、その若い連中を連れて行こう。彼らは気さくかね?」
「まあ、気さくと言うか、調子がいいと言うか、だな」
「それはいい」
ダベンポートはニンマリした。
「彼らにはぜひアーノルド校の連中と大いに『友情を深める』ように言ってくれ。そこから情報を集めよう」
「わかった」
グラムがメモに書き留める。
「しかし、くだらんな。どうせ殺すんだったらもっと簡単に殺ってくれればいいのに」
「やる気、ないな」
「ないねえ」
ダベンポートはあくびを漏らした。
「あまりにもあからさますぎて筋書きが読める。もう一捻り欲しいところだよ。ま、とりあえずアーノルド校に行ってみよう」
…………
アーノルド校の校長はまるで軍人のような体型をした初老の男性だった。身体が分厚い。グラムといい勝負だろう。体格の良い身体を茶色いツイードのスーツに包んでいる。
一応形通りのお悔やみを伝えてから本題を切り出す。
「学校でアーロン君はどうだったのですか? 成績とかリーダーシップとかは?」
パブリックスクールは将来王国を背負って立つエリートの養成学校だ。成績も重要だが、何よりもリーダーシップが重視される。
「優秀でした」
校長は憔悴した様子も見せずに気丈に振舞っていた。言葉の端々には、自らと学校に対する自信がにじみ出ているようだ。
「学生会議にも積極的に参加して、寮でもリーダーだったはずです」
「友人関係は?」
「少なくとも、私は良好だったと理解しているが、そこまで詳しい事は……」
「過去に問題を起こしたりとか……」
「ありませんな」
と校長は断言した。
「アーロン君は言ってしまえば『お手本』みたいな生徒でした。過去に問題を起こした事もありません」
「ふむ」
ダベンポートは手帳を繰ると質問を変えた。
「この三ヶ月の間にアーロン君の他にも二人ほど亡くなってますな。チャーリー・ドナヒュー君とオリバー・ウィリアムズ君。お聞き覚えは?」
「もちろん。あれも悲しい事件でした」
「死因は?」
「自殺と転落死です」
一瞬、ダベンポートの目が鈍く光る。
「部屋の方は?」
「もう片付けてしまいました。遺品も全て返却済み、教会にお願いしてお祓いも済ませました。今は空き部屋です。しかし、そのような来歴の部屋では当分は空き部屋にするしかありますまい」
「そうですな」
ダベンポートはそれ以上追求するような事はせず、ペンにキャップをした。
「これからしばらく、私、グラム、それに騎士団の若手が何人か捜査をすることになると思います。ひょっとすると生徒さん達にもお話を伺わないといけないかもしれない。その辺はどうかご承知願いたい」
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