0-5 遠い昔の物語


「……ということが、ございました」

 カルジアの、王宮にて。

 一人生き残ったエルステッドは、アノス王に事の顛末を話し終えた。

 そうか、と王は溜め息をつく。その理知的な青の瞳の奥に閃いた感情は、落胆か絶望か。

 彼は疲れたような声音で言った。

「……だが、よくやったぞエルステッド。よく生き残り、全てを伝えてくれた。お前には褒賞を与えねば……」

「とんでもございません。俺は姫君を守れなかったのです。そんな俺に褒賞など」

「いいから受け取るが良い」

 問答無用、と言わんばかりの口調。

「そなたたちは英雄だ。たとえ使命を完遂できなくとも、一部の神々は封じられたことだしな。英雄には褒賞を与えねば……。いずれ吟遊詩人に歌でも作らせて、悲劇として歌わせてみようか」

 そうでもしないと、その旅に意味を見いだせなくなるだろう、と彼は言う。

「中途半端に終わってしまった旅を、美談として飾るには悲劇の英雄になってもらった方が都合が良いのだ。その方が民の落胆も少なくて済むのだ。ああ、これが私のできるせいぜいのことだよ。だから文句など言わないで受け取るんだ」

「……承知、いたしました」

 頷き、

「もう帰れ」

 というアノス王の指示に従い、エルステッドは玉座の間を出る。

 玉座の間を出て、彼は無力感に唇を噛み締めた。

 守り切れなかった王女、断たれた希望。そして死んでいった仲間たち。彼だけが、「フィラ・フィアの騎士」を自称していた彼だけが、生き残った。何故か生き残ってしまった。

 守るべき主を失った。そんな騎士は、今後、どうやって生きていけばいいのか。

「……語る、か」

 やがて彼はそう呟いた。

「歌ではきっと脚色される。でも、俺は知っている、俺だけは知っている! あのときあの神殿で何があったか、そして俺たち七人の旅物語を。死んでいった仲間たちの、散り様を……!」

 語り継ぐこと。本当の真実を語り継ぐこと。それが彼に出来る、残されたこと。

 フィラ・フィアの葬儀は国葬になるらしい。エルステッドは口にこそしていないが、彼女はエルステッドの初恋の人だった。彼はその真っ直ぐな心に惹かれたのだ。

 だが、その彼女ももういない。

「……さようなら、俺の『フィラちゃん』」

 幼い頃の呼び名を呟いて、エルステッドはその場を去った。


  ◇


 古の昔、英雄があったよ

 荒ぶる神々封ずるために、彼女ら七人、旅立った

 しかし運命の悪戯か?

 悲しみの物語しか、そこにはなく


 旅の果てで希望の子は死に、残ったのは、主無き騎士のみ

 騎士はその後に英雄となったが、やがていずこかへと姿を消した

 その後の行方は、誰も知らない

 その後の彼を、誰も見ていない


――それは、遠い昔の物語――。


  ◇

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