34 苦肉の策
片瀬に向かって、鳴海が勢いよく殴りかかった。
鳴海が動いてすぐに、白雪たちはその場から離れていく。邪魔にならないようにするためだろう。きっとどこかで監視するはずだ。
片瀬からコードを奪うということなのに、まっすぐに殴りかかるところを見ると、鳴海は俊と同じ人種なのだろう。
考えるよりも先に動いてみる。頭は使わず、使うのはその己の拳のみ。何も考えていないから、そのあとどうしたらいいかはわからない。成り行きに任せていく。
あまりにも俊と似た行動をする鳴海を見て、はたから見るとこんな感じなのかと思った俊だった。
「考えが甘い」
鳴海の拳は片瀬に軽々と止められる。
そして力の流れを利用し、鳴海を地面へと転ばせたのだった。
「花崎ぃ……真正面からは無理だわ」
「まあ、そうなるよね。知ってた」
かっこつかず、地面にうつぶせに倒れた鳴海を見て、俊は納得の表情を浮かべていた。
「やっぱり馬鹿な猿なんじゃないですか? かかってこいと挑発されて真正面から向かう人がいるなんて、正直驚きです」
そう言い放ったのは、あの少年だった。
あんなに泣いていたのに、今ではもう吹っ切れたような顔で、メガネの位置を直しながら言い放った。
「んだよ、ガキ。そんな言うならやってみろよ、オラ」
そう挑発する鳴海の声に勢いはなかった。
わずかな時間だが、片瀬に拳を向けたことでわかったしまったのだ。片瀬にかなわないと。
「今考えているところです。黙っててください」
「ちっ……こんのやろう。いちいち腹立つなあ」
「……話は終わりか? これじゃあ、いつまでたってもアナザーから出ることは無理だろうな」
鳴海は立ち上がり、再び片瀬に殴りかかるが、あっさりとかわされてしまう。
何度か繰り返すが、一向に当たらない。それどころか、鳴海の方が疲れてしまい、とぼとぼと俊達の方へ戻ってきた。
「花崎、パス」
「パスと言われてもな。俺にもどうすべきかわからない。速水は?」
「むむむ、無理ですよ。お二人より体力もありませんし」
打つ手なし。
ニヤリとする片瀬に、考える俊。俊の頭では対応法など出てこない。
三人寄れば文殊の知恵――ということにもならなかった。そもそも三人とも凡人以下だ。アナザーに連れてこられているのだから、欠陥のある人たちである。
誰も片瀬に向かって行こうとしないので、片瀬は暇そうにしている。
屈伸したり、体を伸ばしたりと、かなりリラックスしているようだった。
「ガキは使えねえし、どうすんだよ」
「ガキガキ言わないでください。僕には
「へえ。んじゃ、佐伯は使えねえ」
「あなたに言われたくありません」
「んだと?」
佐伯は、ずっと片瀬を見ていた。
目を合わせない佐伯に、鳴海が食って掛かる。しかし、佐伯は決して鳴海を見ようとはしなかった。
「佐伯くん、何か策があるんですか?」
「ええ、まあ。あくまでも可能性がある程度の話ですが」
速水が優しく聞くと、佐伯はしっかりと佐伯の顔を見て、その策について話し始めた。
「うっし。んじゃ、やってやるぜ。な、花崎」
「ああ。やるしかないよな」
俊と鳴海が前に出る。
佐伯の案に全員がのったのだ。ほかに何も策がないから、という理由だが。
二人は左右に別れ、交互に片瀬に拳を向けてはかわされる。
攻撃が片瀬に届かないことはわかっている。ならばなぜ、攻撃を繰り返すのか。
それは片瀬を誘導するためだ。
佐伯の策を実行するためには、広く何もないこの場所では不可能だ。
地上で片瀬にかなわないと判断した結果がこれだ。地上で無理なら、他の場所へ。まずはそこまで移動しなければならない。
たとえ片瀬から逃げるように移動しても、片瀬が追ってくるということはないだろう。目的は片瀬からコードを奪うこと。目的から逃げて離れてしまったら、達成することはできない。
だから少しずつでも片瀬自ら移動してもらうという行動に出たのだ。
少しずつだが片瀬は場所を移動している。
さっきの場所から森へと近づいているのだった。
俊も鳴海も、攻撃パターンが増えてきた。
今まで通りに殴るだけではなく、蹴りを加えたりと足技が加わる。
「何を考えているか知らないが、その程度じゃ何も変わらんぞ」
違う場所へ誘導されていることも片瀬はお見通しのようだった。
わかっていながらも、その誘導にのるのは、余裕がある証拠だろう。
「まだかよっ! 俺、とっくに限界過ぎてるんだけどっ……!」
「まだだ。しばらく粘れっと。あぶなっ」
森の中へ誘い込むことには成功した。
先ほどよりも足場は悪い。足元を確認しないと、転んでしまう。
「水……? そこに誘おうっていうことか。そんなの落ちなければ何も変わらんぞ」
着いた場所は湖。
俊もよく使っていた場所だ。
確かに目的はその湖である。俊達の目的は片瀬に読まれていた。
「んなの、やって見なきゃわかんねえだろって……うわああああ!」
湖に落とそうと、鳴海が蹴りこむも、あっさりとかわされて、片瀬の代わりに鳴海が湖へと落ちていった。
水しぶきを立てて落ちた鳴海が哀れに見えた、がこれも作戦の内だ。
「ふんっ……何を考えてるか知らないが、この程度か。お前はどうするんだ? あいつと一緒に泳ぎに行くのか?」
「……いや。俺は水に落ちたくはないんで」
「ならどうするんだ? このままじゃお前はアナザー滞在期間の最長記録を更新し続けるが」
「え、まじ。俺が過去最長かよ」
「ああ。今までの記録を余裕で超えている」
「ちなみにその記録ってどのくらい?」
「今までも最長は一か月。お前はすでに二か月は越えている。倍以上だ」
「うわあ……ないわー」
今になっての事実。
確かに長い間アナザーにいると思うが、過去最長と言われるとすごくダメな人間であると言われているようだ。精神的にダメージを受けた。
「更生はまだまだか……先が思いやられっ?」
「はああああっ!」
話し続けようとしたが、片瀬は背後に人気を感じて振り向こうとする。
しかし、完全に振り向くことはできなかった。
片瀬が振り向くときの体の動き。それを利用し、片瀬の背後に立った速水が湖へと落とした。
「ナイス、速水」
「は、恥ずかしい……」
速水は気配を消すのが得意である。
これはホールで姿を消したこと、そして俊と鳴海の後ろにいつの間にか立っていたことからわかったことだ。
それを利用し、俊が会話で片瀬の気を引き付けている間に、片瀬の背後に回った速水が湖に落とすという策だった。
この湖は決して深くはない。
しかし、浅いというわけでもなく、プールのように浅い部分がない構造になっている。それは俊がよく知っていた。
一度湖へと入れば、足がつかない程度の深さのため、溺れないように浮かねばならない。
「はっ……してやられたな。まさか落とされるとは……」
「それだけじゃないっすよ」
「何を……ぐっ」
陸上から片瀬を見る俊。
酸素を求めて浮上していた片瀬が水中へと沈みこむ。
水中に身を潜めていたのは、先に湖へと落ちた鳴海だった。
「んじゃ、後は任せたぜ。佐伯」
「っ……僕にやれないことなんてありませんので」
岩陰から姿を現したのは佐伯。
上半身は裸で、メガネも外している。
佐伯が俊と速水とハイタッチをすると、一呼吸ついてから湖の中へと飛び込んだ。
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