33 今と過去の仲間

 片瀬達が争う現場に戻った俊達。

 戻ってきた姿を真っ先に見た片瀬は、カッと目を見開いて驚きの表情を浮かべていた。

 普段表情が変わらない片瀬が、そんな顔をするなど思っていなかった俊は、笑いそうにもなるが、そんな空気ではないと思い何とかこらえた。


「なんで戻ってきた!?」


 シールドをはり続ける片瀬は、声を上げる。


「それは儂の指示だからじゃ」


 鳴海の背から、軽く飛んで地面に着地した柳。高齢の割に、身が軽すぎる。


「先生!? どういう……」


 柳の元へ、瑞樹がフワフワと飛んでいく。

 危ないと思った片瀬が柳の元へ向かおうとするも、その危険はなかった。

 柳の前に着地した瑞樹は、ニコニコした顔で立っている。その横へ瑞樹の仲間の二人も降り立った。


「ちょっと、どういうこと?」

「自分にも何がなんだか……片瀬さん?」


 攻撃がなくなったため、シールドもやめた三人はどういうことなのか互いに意見を求めるも、答えはでない。

 しかし、片瀬だけは無言でドスドスと柳の前へと歩いて向かい、仁王立ちで柳に鋭い目を向けた。


「先生……どういうことなのか全部話してもらえますか」

「おう怖い怖い。もちろんそのつもりじゃよ」


 普段よりも低い声で片瀬は話す。それにはとてつもない怒りが含まれていた。

 その声に臆することなく、柳は変わらぬ声で答える。


「まずは……どこから話せばいいかのう?」

「最初からですっ……」

「最初ってどれなのか……お、そうじゃ。飯田少年からにするかの。飯田少年は儂の協力者じゃ」

「は?」


 敵だと思っていた人物は、協力者であるということを素直に受け入れることはできない片瀬。


「儂の親友がアナザーにいての。そやつのススメでこの飯田少年を預かることにした。その親友の息子がお前だ、花崎俊」

「へ? 俺?」


 柳に指さされ、俊はきょとんとする。

 片瀬達ですら、理解しきれてないのに、鳴海達が理解することはできなかった。


「花崎俊が生きていくための手配は儂がやったし、飯田少年も一緒に成長してほしくて一般家庭で育てたが、まあ色々問題あって結局別々で成長してしまった。悪かったのう」

「いえ。お気になさらずに。あの家から出れただけでもよかったので。それに今ではこうして俊くんに会えてますし」


 瑞樹は俊の腕を組んだ。まるで恋人同士のように組んだ姿を見た速水が、なぜか顔を赤くしたのを俊は見過ごさなかった。


「先生、よろしいですか。その飯田瑞樹を我々に敵と向けさせたのはなぜです?」

「うぬ。それは儂が全員を査定しなきゃいけなかったからじゃ。全員の仕事ぶりをみて、総合的に評価するつもりじゃ。仕事を見るには、壁を用意せねばならんじゃろ? そこで飯田少年に協力してもらったんじゃ」

「納得いきません! それに後ろの二人は攻撃してきたんですよ!? 金井だって現世でミノタウロスに遭遇して負傷してます!」


 冷静を保っていた片瀬が、大きな声で柳に詰め寄った。


「金井の仕事ぶりを見るために、飯田少年の

 魔法でミノタウロスのホログラム……仮想敵を出したんじゃ。だから実物はアナザーから出ておらん」

「では金井の怪我の理由は?」

「あれは自分で転げて、負ったものだ。気持ちに体が着いていけない証拠じゃのう。昔から変わっとらんわい」

「確かにその面もありますが……」


 片瀬は否定をしなかった。

 金井の元へ見舞いに行った際、自分で負ったと言っていた。ミノタウロスにやられたとも言っていない。

 金井と付き合いの長い片瀬は、金井が自ら転んで怪我をするということが度々あったので、話に信憑性を感じてしまった。



 片瀬が苦い顔をするのも、瑞樹の仲間の二人は決して見ようともしてない。

 そんな二人を指さして柳に訴えた。


「その二人は飯田少年が連れてきた。二人――カルティアとザロ。彼らはアナザーで暮らす者じゃ。今回は世話になったの。感謝する」


 柳が頭を下げた。


「我々も楽しめましたので。手加減はしましたが、これでよかったのですか?」


 姿勢を正し、丁寧なしぐさで頭を下げる女性カルティア。そのしぐさに思わず目を奪われた。

 そんなカルティアとは反対に、ぎこちないしぐさで頭を下げたのはザロ。対のような二人だった。


「十分じゃ。こやつらの対応はどうじゃった?」

「そうですね、人命第一という点で見れば素晴らしいかと思いますが、救援を待っているだけでは、自らの命を盾にして逃がすことにしかならないかと」

「ふむ……」


 流暢に話すカルティア。その話に柳はうなずいている。


「そうそう、片瀬よ。こやつらの更生はどうなんじゃ?」


 いまだに納得もしていない片瀬は、話を振られてハッとする。

 俊を含めた四人の更生中だったはずだ。その結果をまだ聞いていないし、終わったのすらわからない。


「まだ終わっておりませんが……」

「はいはーい! いいかな? いいよね。俊くんと透くんはすごかったよ! そりゃもう協力できてるもん」


 片瀬は一人で別行動していたのだろう。森の中を歩いていても見かけなかったのだから。

 片瀬の言葉に続けて、白雪がハキハキと述べた。

 名前を上げられた二人は黙って聞いている。


「さすがじゃのう、怜奈ちゃん。では残りの二人は?」

「速水優も問題ありません」


 続いて声を上げたのは大柄の男。

 速水に蹴られたことを思い出した男は、速水の顔を見ることはなかった。


「では残りの一人は?」


 柳の問いに誰も答えない。

 残りの一人、つまり泣いていたあの小さな子だ。

 本人も自分であることがわかったのか、再び泣きそうな顔をしていた。


「僕はダメだと思うなあ。見てた限り、一人で突っ走っては泣いていただけ。それで金髪くんに怒られてた。ただの我が儘な泣き虫にしか見えなかった」


 黙る空気を断ち切ったのは、ずっと俊の腕をつかんでいる瑞樹。

 離れる気はないようだ。

 死んだと思っていた親友が、今ここにいることに戸惑う俊だが、確かなぬくもりを感じて生きているということを実感していた。


「飯田少年の言うことも確かじゃの。だが、全員更生は終えておらぬ。最初に言った条件、達成してないからのう。なあ、片瀬よ」

「確かに。ここにコードはありますから」


 忘れていた。

 アナザーから元の世界に戻るために、全員協力して四つのコードを集めて出口へ向かえという条件を。

 俊の元には三枚のコードが書かれたカードがある。残りの一枚は片瀬が持っている。

 片瀬はスーツの胸ポケットからカードをちらつかせた。


「ガキ! あのカードを奪い取れ!」

「ええっ? え?」


 鳴海が指示を出すも、戸惑う小さな子。


「さ、俊くんも。頑張ってね」


 瑞樹は俊の腕から離れ、俊の背中を軽く押した。


「ちょ、マジで? あの人相手にとか無理くね?」

「大丈夫。俊くんなら。あ、そうだ」


 瑞樹は俊の耳に小さな声でコソコソと何かを伝えた。


 片瀬からコードを奪うことは難しいと思う。それでも、やらなくては帰れないし終わらない。


「俺もやるっての」

「わ、私もっ……助けになるかどうかわかりませんが」


 鳴海、速水と続いて力強く言う。

 アナザーに来た当初は、誰もいない中をさまよっていたが、今ではこうして力強い仲間がいる。そのことに安心感を覚えた。


「先生にはまだまだ聞きたいこともありますが、更生を終えてから聞くことにします。魔法は使わん。貴様ら、かかってこい。全力でな!」


 片瀬は拳を握って構えた。

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