32 本当の黒幕


「お待たせー」

「こいつが例の死んだ亡霊……? ずいぶん若いわね」


 俊達の元に、白雪が合流した。

 片瀬が事前に連絡しておいたのだろう。白雪ともう一人の女性、そしてあのうずくまっていた男も合流し、更生中の俊達を守るように、前に立つ。


「本省にも連絡済みよ。そうしたら、孫が心配だからすぐに行くって」

「先生……はあ。まあいい、こいつらを逃がすぞ。捉えろ、縛!」


 瑞樹達の足元から飛び出る白い布。

 それに気づいた瑞樹は、地面を蹴ると、宙に浮かんでかわした。

 瑞樹と似た、白い軍服を身に着けてた二人も軽々と飛ぶ。スカートだったり、ズボンだったりで異なるものの、同じものであることがわかった。


「ねえ、変なのが増えたんだけど。全員打ち抜いていいのよね?」


 ミニスカートの白い軍服に身を包んだ女が、瑞樹に聞く。

 長い金髪の髪をたなびかせた女の耳はとがっている。見た目は人だが、その耳がそうではないことを語っている。

 また、瑞樹だけではなく、片瀬にも女の言葉が理解できた様子だった。


「うーん、まあ打ち抜いてもいいかな。ああ、でもあの金髪じゃない方の子はやめてよね」

「ふーん……あれが、あなたが大好きな子? 別に普通じゃない」

「そうかなあ。僕にはとても魅力的に見えるんだ」

「弱そうな男にしか見えないけど。少なくとも私の好みじゃないわ」


 女は俊を見る。整った顔の女の紫の瞳。何かを見透かされているように感じ、すぐに目をそらした。


「我は貫くのみ」

「他の奴らは貫いておっけーだからさ。がんば」


 女の弓、そして渦巻く角を持つ男の槍。その二つが俊達へ向かってくる。

 それを片瀬たちがシールドを使うことで守る。

 なすすべない俊はただ、呆然とするしかなかった。


「これがアナザーってんのかよ……」


 目の前の争いに体を動かすことができないが、鳴海は口を開いた。


「白雪! 全員をゲートへ!」

「でもっ!」

「早くしろ!」

「っ……わかりました! さ、行くよ」


 白雪は状況を見て決意したのか、座ったままだった小学生の子の手を引き、着いてくるように言う。

 俊達はわけがわからないが、白雪に声をかけられてその場を離れようとしたときだった。


「させないわ」


 一本の矢が白雪の足元へ刺さった。

 するとそこから電気が流れたように、足元からしびれ、全員地面に手をついた。

 体がしびれて立ち上がれない。


「ううっ……ママ―ッ!」

「もう嫌です……こんな危ないの」


 速水と小学生の子が泣き出していた。命の危機に恐怖したのだ。俊だって今すぐにここから去りたい。でも、しびれて体が動かない。

 動けなくなっているのだから、瑞樹達にとっては絶好のチャンスのはずだ。しかしそれを狙ってくるようなことはなかった。

 その違和感を感じたのは俊だけではない。鳴海も眉をしかめている。


「うえーん! ママァ!」


 大泣きする子。その大きな声に耳が裂けそうだ。

 体のしびれよりも、その声の方がしんどい。


「うるせえんだよ! 泣けば解決するとでも思ってんのか!?」


 その声にいち早く反応したのは鳴海だった。

 しびれているはずなのに、よろよろと体を起こし、泣きわめく子の肩をつかんで怒鳴る。

 泣き声よりも大きい鳴海の声もまたしんどいと感じた俊だったが、つっこむことはしなかった。


「いいか、ガキ。お前がいくら叫んでもママが来ることはねえ。泣いたって何も変わんねえんだよ!」

「ううっ……ひっく」

「俺が怒鳴ったって変わりっこねえ……足手まといの俺らにできることは何なのか考えろ!」

「足手、まとい……邪魔にならない」

「そうだ。邪魔にならないためには何する?」

「……わかんない」

「逃げんだよ、馬鹿」


 鳴海が泣く子の腕をつかんで立ち上がる。

 いつの間にか体のしびれもおさまっており、体を動かせるようになっていた。

 俊は速水に手を貸し、立ち上がらせ、自力で立ち上がった白雪の後に続いてその場を離れた。




「こっちだよ」


 向かったのは元いた森の中。どんどん進んで行くと、その先に和服姿の一人の老人が立っていた。


「おじいちゃん!」


 白雪は老人の元へと走った。

 すると、険しかった老人の顔が一気にでれっとした顔に変わる。


「おおう、怜奈ちゃん。お疲れさまじゃのう。今日も可愛いわい」

「えへへー……ってそんな場合じゃなくて! 大変なの!」


 しゃがんで、老人の手を取っていた白雪の手を、老人は皺皺の手でなでていた。

 俊はその行動を、どこかの気持ち悪いおっさんのように感じ、顔が引きつった。


「なあに、わかっとる。儂が全部知ってるからのう。さて、皆の所に行くぞ。もちろんおぬしたちもな」


 老人の言う「おぬしたち」は、俊達のことだ。

 必死にここへ逃げてきたというのに、またあそこへ戻るのか。理由がわからず困惑する俊に代わって、声を上げたのは白雪だ。


「どうして? 危ないからみんなでここに来たんだよ?」

「ごめんのう、怜奈ちゃん。今回のこの件は儂が仕組んだことなんじゃよ」

「んんん? どういうこと?」


 首をかしげる白雪。

 もちろん俊達もわかっていない。


「悪かったのう。儂は皆の査定をしろと言われたんじゃい。仕事ぶりをみるために、飯田少年にも協力してもらったんじゃい」

「うんんん?」


 白雪はさらに首をかしげた。


「ところでじーさん……あんた誰?」


 おいてけぼりになっていた鳴海が、唐突に質問をぶつける。

 老人は目を細めたまま、鳴海の方を向いた。


「自己紹介がまだだったの。儂が特異省のトップ、柳剛太郎じゃ。怜奈ちゃんは儂の孫じゃ。いいか、手を出すんじゃねえぞ?」


 柳の自己紹介の冒頭は、緩い雰囲気だったが、最後だけどすのきいた声になった。それは孫の白雪を溺愛していることを物語っている。


「もう、おじーちゃん!」

「ほっほっほ」


 柳はどこか満足げだった。


「まあ、詳しい説明は全員の元に行ってからする。質問に答えたんじゃから、お前、儂を背中に乗せて運べ」

「は? なんでお」

「いいから運べ」


 柳が指示したのは鳴海だった。

 不満を述べようとした鳴海の言葉をさえぎって、話す柳。

 人の言葉に食い気味に反応するのは白雪も同じ。俊はこの二人が血縁なのだということを、ここで思い知らされた。


 しぶしぶ鳴海がかがむと、柳は慣れた様子でその背におぶさる。

 小柄な老人だ。さほど重くはなさそうだが、鳴海の顔はとても暗かった。


 柳と鳴海を先頭に、歩いて戻る。

 その間、延々と柳の白雪自慢を聞かされた。

 白雪のかわいいところや、今まで近寄ってきた男を全部追い払ったこと、老人の戯言と思って皆が聞き流していた。

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