31 三人と一人
三人は残りの一人を探しに行く。
歩いているときに、速水にはアナザーについて説明をした。
話しているときに知ったのだが、俊と速水が同い年。一つ年上なのが鳴海らしい。
年齢は違えど、敬語は使わなくていいと言う。
「そういや花崎って、なんでそんなに長くアナザーにいんの?」
先にアナザーに来ていることは鳴海に言った。そのことから出た疑問だろう。
「それだけ問題児ってこと。まあ、喧嘩三昧の生活態度悪かったし、仕方ないかと」
「へえー。俺も手紙読んだけど、協調性なしとしか書いてなかったぜ。それ以上ってことか……速水は?」
「ふぇ? えっと……協調性ないとか……」
「協調性、みんなないだろうな。しょっぱなから全員散り散りだし」
「確かにそうだな」
残り一人。小学生を探し続ける。とはいっても森の中をただ歩き回っているだけだが。
最後のコードを持っているのは片瀬だ。あの人が軽々とコードを渡すとは考えられない。さっきのような速水の不意打ちも効きそうにはない。最後にして最大の壁が待っているのだと思うと、気が遠くなった。
歩いていると、いつの間にか森を抜けた。
そしてその先に人影が見えた。
「あれ、あのガキじゃね?」
「大変な感じじゃないですか……?」
小さな人影の前に二人が対峙しているのが見える。
そして爆発音とともに、煙があたりを覆った。
「げほっげほっ……爆発ってことはやばいんじゃ?」
「やばそうだよな」
俊達は何が起きているのかを知るため、人影の方へ走った。
「貴様らっ! 来るな! そいつを連れて下がれ!」
爆発から小学生を守っていたのは片瀬だった。
片瀬が使っているのはシールド魔法。そのおかげで爆発の煙からも守られている。
誰がこんな攻撃をしているのかと、確認しようとするも、煙で確認ができない。
しかし、しばらくすると爆発も止まり、煙が晴れた。
「ああ、よかった。来てくれた」
ゆっくりと歩いてくる姿を目にした俊は、驚きで動かない。
「花崎……? 知り合いか?」
鳴海が俊の異変を感じ取り、声をかけるがそれには答えなかった。
「みず、き?」
「そうだよ。久しぶり、僕のヒーロー」
フワフワした髪の隙間から覗く真っ赤な瞳。
くしゃっとして笑う顔。幼いころに別れた瑞樹だった。
黒いタートルネックに金で縁取られた白い軍服のようなものをを身に着けた瑞樹は、立ち止まることなく近寄る。
「貴様、動くな」
「ああ、怖い怖い。でも僕に魔法は無意味だよ、わかってるでしょ?」
「っ……なんのようだ?」
片瀬は瑞樹に魔法が効かなかったことを知っているので、使おうとしなかった。
「お話ししに来ただけだよ。僕のヒーローに」
そう言って瑞樹は俊を指さした。
なぜという思いから、俊は目を丸くしていた。
「ねえ、俊くん。僕と一緒に行こう?」
笑顔のまま俊に手をむける瑞樹の言葉に、全員の動きが止まった。
「ええ? まだ思い出せないの? あんなに手の込んだことしておいたのに……僕のこと、思い出したときにもっと色々思い出せるようにしたんだよ?」
瑞樹は参ったなとぼやく。瑞樹の言う手の込んだこと、おそらく暗闇の中で会った瑞樹のことだろう。それ以降、知らない言葉の意味が分かるようになったり、魔法を使えるようになった。
手を挙げたままの瑞樹に戦意はないのかもしれないが、何をしてくるかもわからない。
「何がしたいんだ、貴様は」
「何? 僕はね、平和に暮らしたいんだよ。僕たちの世界……アナザーでね。」
片瀬は眉をしかめた。
反対に瑞樹は眉は下がり、笑いながら言う。
「アナザーで? お前はともかく、こいつはこの世界の人間ではないぞ」
「本気で言ってるの?」
軽やかだった瑞樹の声は、低くなる。そして冷たい瞳で片瀬をにらみつけた。
「僕たちは一緒だったのに……。僕を置いて行ったのは誰だと思ってるの? 引き裂いたのは誰? 関係を壊したのはあんたたちでしょ!」
「瑞樹……?」
にこやかだった瑞樹の様子が変わる。頭を押さえ、低く声をあげる瑞樹を心配し、俊は声を出すも瑞樹は答えなかった。
瑞樹は自らの顔、首をかきむしる。血がにじむがそれでも続けていた。
「だからさあ……やり返したっていいよねえ!」
瑞樹が両手を降ろし、力強く地面を踏み込むと、そこから地面に亀裂が走った。すぐにそれは俊達の足元へと届く。とっさの行動で何か魔法で防ぐことができず、ただ大きな亀裂に落ちないようにすることしかできなかった。
「お前の言いたいことはわかった。俺達に恨みがあるということだろう?」
「ああ、そうだよ。アナザーで生まれた僕たちを引き裂いたのはあんたたちだ。」
「……え?」
瑞樹の言うことが理解できない。
ずっとあのボロボロのアパートで母親とともに、静かに暮らしていた俊にとって、突然アナザーで生まれたと言われても信じられなかった。
「こいつの家系は調べてある。だが怪しい点は何一つなかった」
「そんなの偉いやつが絡めば簡単だろう? 現に僕も両方の世界で過ごしているんだからね!」
「……そうだ、それだ。お前はどうやって一般家庭に入った? あの両親は普通の人間だ。お前だけが、戸籍からも全ての記録からも存在を確認できない」
「ああ……そんなの僕の魔法で簡単だったよ。失敗だったのは、あのヒステリー女だ。まさか、僕を殺しにかかってくるとはね」
俊は確かに瑞樹の体に痣があったことを見ている。
それが母親による暴力であったことも知った。
瑞樹は一度ふうと息を吐くと、いつもの明るい顔になり、優しく俊に声をかける。
「ねえ、俊くん。僕と一緒にここで暮らそう? 僕らの生まれたこの世界で……」
平和な世界。それは確かに俊も望む。
しかし、たとえ俊がアナザーで生まれたとしても、育ったのは違う世界である。どちらの世界で暮らしたいかと聞かれれば、長く過ごした方の世界――つまり育った世界を選ぶ。だから瑞樹の手を取ることができなかった。
「瑞樹……だめだよ。俺はここでは居られない。帰りたいし」
「……俊はずっと一緒だったのに。そんなこと言うなんて……」
再び瑞樹の声は低くなる。
「ねえ、俊くん。いいこと教えてあげるよ」
「何を……?」
「あの女……俊くんが親だと思っているのは、俊くんの母親なんかじゃない。ただの使用人だよ。本当の親はすでに死んでいる」
「え?」
母親ではない。そう告げられて俊は目を見開いた。
「真に受けるな!」
片瀬の声で我に返る。
瑞樹の言うことを信じるなと自らの首を振るが、母親が母親でなかった、その事実だけが残ってしまう。
周りの子には父親と母親がいる。しかし俊には母親しかいない。なので母に一度父親について聞いたことがあった。すると、母は優しい声、丁寧な言葉で言ったのだ。「あなたのお父さんは、みんなのことを思う優しい人です」と。当時はそれでそうなんだと思っていた。だが、今考えるとおかしい事に気づく。みんなのことを思っているならば、なぜ自分の元には来ないのか。死んでいるのか。そして普段なら敬語で話さないのに、父のことについては敬語で答えた。
もし母だと思っていた人が、瑞樹の言うとおり、使用人だったならばそのような言葉を使うのもわかる。
辻褄が合ってしまうので、俊は瑞樹の言ったことが真実なんじゃないかと思い始めた。
「俊くんなら話せば、僕を助けてくれると思ったのになあ……もう、今日は出直すかなあ」
瑞樹が背を向けた。
「飯田瑞樹! また逃げるのか!」
「逃げるのって癪だよね。やっぱりこのまま潰そうか」
瑞樹は指をパチンと鳴らす。
すると瑞樹の隣にふっと二人の人物が現れた。
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