30 三対一か二対一か
「これで二枚だな。あと二人はどうしてんだか」
「どこにいるかすらわかんないしね。それに出口を探す必要もある」
小学生の男の子と、いつの間にか消えた少女がどこにいるかわからない。
そんなに遠くへは行ってないはずだ。
「どこかにいないか探そうか」
「ああそうだな」
抱きかかえていたウサギを地面に降ろす。しかし、どこへ行くこともなく俊の足元にとどまっていた。
「お前も行くか?」
「行かない!」
グリフォンの声はよくわからなかったが、このウサギの言葉はわかる。
久々に会えたのが嬉しいのか、匂いを付けたいだけなのか、ウサギは俊の足元に頭をこすりつけていた。
「そのウサギ、連れてくのか?」
「いや。行かないって言ってる」
「言ってる?」
「俺、ここの生き物の言葉がわかるんだよ」
「まじか! すげえな!」
素直に驚く鳴海。
「すぐに信じるんだね?」
「そんなとこで嘘つくような男じゃねえだろ、花崎は」
「うーん? そうかなあ?」
「え、嘘だったの?」
「嘘じゃないけどさ、本当に言葉はわかるよ」
話をしながらも、二人は森の中へと歩いて行った。
「あ、ここ家」
たどり着いたのは俊が拠点として使っていた家。
懐かしさもあり、窓から中の様子をうかがう。
「中に人はいないわ」
「「うおっ!」」
俊と鳴海がそろって中をのぞいていたとき、後ろから声がかかった。
突然の声に驚き、二人はそろって声を上げた。
振り向くと、そこには姿を消した少女が立っていた。
胸までの赤茶色の髪の彼女。うつむきがちの目を決してこちらに向けようとはしない。
髪の色は違えど、色が白く、貞子のような雰囲気である。
「そうか。ここにはいないのか。でも、君が見つかってよかった」
「……」
「怪我してない?」
「……」
「誰かに会った?」
「……」
俊の質問に彼女は返事をしない。
声もださず、首を振ることもない。無反応だった。
「まあ、怪我もなさそうだし、いいか。コード持ってる?」
ここで初めて彼女は首を横に振った。
「まだいるってことかよ……」
「たぶん、近くにいるよ。俺達が死なない程度に監視しているだろうから」
大人を相手にしなければならないとため息をついた鳴海。それに対し励ますように俊が予想を伝えると、少女が俊達の後ろを指さした。
俊は指さした方向へと視線を向ける。そこにはスーツ姿の大柄の男が立っていた。
「思い出したわ。俺、あの人知ってるわ」
「まじ? どこで見た?」
「……俺をアナザーに連れてきた人だ」
七三分けとメガネ。その姿からやっとわかった。
俊の家に来て、俊を押さえつけた男。体格も力も俊より上だ。力ずくで適う相手ではない。
「コードはこれだ。三人がかりでかかってこい」
「うっしゃ! かかってこいっていうんじゃやってやろうじゃねえっぷ」
男は一枚のカードを見せつけ、それをポケットにしまった。そして男が構えたため、鳴海が意気込んで行こうするも、俊が鳴海の襟をつかみその足を止めた。
「単身乗り込みは無理だ。三人って言っただろ、今」
「三人って……あれ、あの女いねえぞ」
「え?」
二人が振り向くと、少女の姿はなかった。
三人がかりと言っていたのに、二人になってしまった。
喧嘩慣れした俊でも適わなかった相手に、鳴海が加わっても適う気がしない。かといっても少女がいたところで変わらないだろうが。
「協調性、皆無だな。これじゃあアナザーから出られないだろう」
「皆無じゃねえ! 俺は花崎二人でやってやるぜ!」
「ああ、そうするしかないよな」
男に二人がかりで当たる。
鳴海も喧嘩に慣れているようだ。顔や腹めがけて拳を入れるが、簡単にいなされてしまう。二人とも単独で場慣れをしているせいで、一人の拳がもう一人に当たってしまいそうになる。
「いてっ」
「わりっ!」
男に殴られることこそないが、拳をかわされると、二人の身体がぶつかり一緒になって地面へと転がされてしまう。
「協調性、やはりないのではないのか?」
仰向けに地面に転がると、青空がよく見える。
綺麗な空を呆然と見ていた。
「一発も決まらないとかねえわ……」
「単身は無理だって言っただろ。二人でも無理だったけど」
「俺らに勝てるのって若さしかなくね?」
「若さねえ……体力削る? 俺は体力にしか自信ない」
「それしかねえだろうよっと」
鳴海は立ち上がり、再び男に向かう。もちろん一人では無理なので、すぐに俊も立ち上がって向かって行く。
数十分も経つと、全員の息が切れていた。
男の体力も減っているが、疲労も溜まり、何より集中力が落ちているように見える。最初こそ全く攻撃が当たらなかったが少しずつ当たるようになってきた。
「当たっても、終わらねえ……うあっ!」
「鳴海っ!」
鳴海は投げ飛ばされた。俊が鳴海に気を引かれたとき、男の手が俊の胸元をつかみ、投げ飛ばす。
「ちくしょう……」
大した痛みではない。これだけ力の差を見せつけられると、俊は悔しかった。
悔しくて涙が出そうになる。思わず目元を手で覆う。
「なっ!? お前どこから……っ」
投げ飛ばされた俊と鳴海。二人はまだ立ち上がっていない。
なのに、男が苦戦する声を聞き、体を起こす。
「はああっ!」
「うぐっ……」
俊が見たのは、男の急所を狙って思いっきり蹴りこんだ少女だった。
あまりの痛みに男は体を丸めて縮こまってしまった。
「今のはやべえわ……俺もヒュンってなった」
鳴海も一連の動きを見ていたようだった。
見ているだけで自分も痛くなりそうで、思わず急所を押えた。
「ふぁ……見てました……?」
俊と鳴海を見た少女は顔を真っ赤にしている。
二人とも静かにうなずくと、顔を隠すように後ろを向いてしまった。
「恥ずかしい……」
「いやいや、まじすげえわ。俺ら真正面から行くしか考えてなかったし」
「そうそう。ほら、コード」
俊は縮こまった男から、コードが書かれたカードを受け取った。
まだ痛いようで、男は黙ったままだ。
「助かったわ。すげー根暗っぽかったけど、めちゃくちゃつええじゃん。サンキューな!」
「……え? 気持ち悪いとかじゃないんですか?」
「なんで? 強いんだからいいじゃねえか。な、花崎」
「強いのすごいし、いいと思う」
少女の顔は明るくなる。
やっとこの少女と目が合った。
「俺が鳴海透で、こいつが花崎俊。お前の名前は?」
「私は……
「速水な! あと一枚、あのガキも探し行こうぜ」
男二人に少女――速水優を加えた三人は、うずくまる男をそのままに残りの一つのコードを探しに歩みを進めた。
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