29 ヒントはピンク
ホールにいても仕方ない。
アナザーから出るためには、白雪や片瀬達、大人を見つけなくてはならない。
確かにアナザーから早く元の生活に戻りたい。あんなテレビもない部屋で、ひたすら経口ゼリー生活なんて御免だ。
大人を探すのも大切だが、それよりも他の人たちが心配になった。
俊は最初にアナザーに放置されてしばらく過ごしているため、そんな生き物がいるのかもわかっている。
しかし、先ほどまでいた人たちはおそらく初めてアナザーへ来たのだろうと男の子が「ここはどこか」という質問をしていたために、そう予測した。
ならばアナザーの危険を知らない。俊が最初にミノタウロスに襲われたようなことが繰り返されるかもしれない。
「とりあえず誰か……」
俊は外へ向かい、誰かいないかを探すことにした。
久々の屋外。太陽の光すらも久しぶりである。
この建物の近くで、更生の第一段階を行ったため地理的には理解している。
先にホールを出て行った人たちもしくは、大人の誰かを探そうと決め、足を進めた。
「ひゃっほー!」
「グギャアウ!」
「うげ……」
聞きなれた声が二つ。建物横から走り去っていく姿。
それは何度も見た、目立つピンク色のグリフォンとそれに乗った白雪だった。
早いスピードで俊の横を通り過ぎ、そのまま森へと進んでいった。
「うわあああああ!」
グリフォンの姿に驚いたのだろうか、男の声が響き渡る。
俊は急いでその声の元へと向かった。
グリフォンが通ったことで、道は拓けている。その道を走っていくと、すぐに金髪の男が尻もちをついている姿を確認できた。
「あ、いた」
「なっ、てめえ。見てんじゃねえ。ついてくんなって言っただろ?」
「だって協力しろって……げ、また来た」
男は立ち上がろうとしたとき、再びバタバタと走る音が聞こえた。
「ひゃっほー! 頑張ってー!」
風のように白雪とグリフォンは走り去っていく。
俊は白雪に慣れたつもりだったが、目の前の男はそうはいかない。
目を丸くして、過ぎ去った後姿を見送っていた。
「片瀬……さんより、あの人の方が多分優しいから、先にコード取れたらいいんだけど」
「待てよ、おい……お前、花崎俊だろ?」
「? そうだけど?」
立ち上がった男は、ズボンと手をはたき、俊の顔をまじまじと見た。
俊は男と面識はない。じりじりと迫って見てくる男から、離れるように後ずさりする。
「おめえに言いたいことがあんだよ……」
「俺はないです。てか、会ったことないやつに言うことなんてないっしょ」
「あんだよ、俺は!」
男は急に足を止め、腰を九十度にまげて頭を下げた。
「助かった!」
「……へ?」
知らない男に感謝される理由がよくわからない。白雪とグリフォンから助けた訳でもないので、俊は理解ができない。
「お前のおかげで助かった! 世話になった、弟が!」
「オトウト……?」
「覚えてねえのか? ほら、こう……静かで弱そうなメガネの。よくカツアゲされてたやつ」
「カツアゲ? 最近?」
「結構最近だ。今弟は入院しちまってるが、話を聞いたらどうやら花崎俊が助けたってことが分かったから、お礼したかったのに見つかんねえし……」
「最近……足、折っちゃった人?」
「そうだよ、それ!」
俊は頭をフル回転させ、記憶をたどった。その結果、思い出したのは今回停学のきっかけとなった出来事だった。
カツアゲされている少年を助けようとして、喧嘩になり、結果少年を骨折させてしまった件だ。
男は頭を上げ、俊の手を握った。
「まじで感謝してっから!」
「あ、うん……。てか、あんたがカツアゲ止めさせればよかったんじゃねえの?」
素朴な疑問だった。
いかにも不良というような、風貌をしている男。この男なら、弟にカツアゲしている相手を封じ込めることもできたはずだ。あくまでも見た目からの判断だが。
「あいつ、俺に何も言ってなかったんだよ。入院してからカツアゲされてること知ったし」
「あー、なーる」
「俺、
「よろしく」
あんなに周りを寄せ付けない雰囲気を出していた男、鳴海の雰囲気が柔らかくなった。
見た目とは違い、弟思いのいいやつなのかもしれないと感じた。
「で、だ。ここは何なんだよ? あいつは一体?」
「ああ、やっぱり初めてだったんだ。ここは……」
俊は更生について、このあたりの生物について、アナザーについてを説明した。
もちろん、アナザーは現世と違い、魔法が存在することも。
鳴海は俊よりも理解力があるようで、納得を見せていた。
「更生を終わらせるために、あの大人たちからコードをとれと……無理じゃね?」
「俺もそう思う」
はなから散り散りになったメンバー。
白雪や片瀬達はこの世界に慣れている。
そんな中で、各々コードを奪い取ることは無理だと思っている。
「俺は帰りてえんだよ! 弟のとこにお前を連れていきてえんだよ」
「なんで?」
「だーかーら、弟がお礼言いたがってんだって。わかれよな」
「へー」
思った以上に鳴海はブラコンなんだと感じた俊は、適当に返事をしておいた。
「それでそれで、どうしたらいいんだよ。無理かもしんねえけど、やるしかないんだろ?」
「まあそう。四人集まっても何かできる気がしないし、とりあえず歩いて考えるしか」
「大人に会ったら奪い取れ、子供に会ったら協力しろってことだな! うっしゃ、決まったら行こうぜ」
鳴海の理解力がすごかった。
言葉足らずの俊の言いたい事を、鳴海はくみ取って言葉にしてくれる。
俊も鳴海がいることで、心強く感じた。
「お話終わった?」
二人が足を進めてすぐ、木の陰から白雪が顔を出した。
楽しそうな顔をした白雪の後ろには、ショートヘアの女性も立っている。
「なんかふえてっぞ」
「なんかとは失礼だなー。二人なら二人で対応するでしょー?」
「その空っぽな頭を使って、私達が隠したコードでも探すことね」
「待て、隠し」
「うんうん、隠しちゃった! もちろんヒントはあるよ。えっとね……ピンク色!」
「は? ピンク……?」
ショートヘアの女性は片瀬のように、ため息をついていた。
「ピンク色」というヒントは、俊にとって大きな手掛かりである。それゆえ、俊もため息をついた。
鳴海はわかっていないため、白雪と俊を交互に見ている。
「それじゃあ……ゴー!」
「グギャアウ!」
白雪の声に応じて、白雪の後ろの茂みからピンク色のグリフォンが飛び出してきた。
グリフォンは俊達を軽く飛び越えて走っていく。
「鳴海、あれ、捕まえられる?」
「いやいやいやいや! 無理だろ! 早すぎる」
「たぶんあれがコード持ってるけど」
「……無理くね?」
「どうにかしなきゃだよ。背中にもう一匹ピンクのウサギがいたから、あれを捕まえればコードは二つになる」
「やるしかねえのかよ」
鳴海はグリフォンの後を追って走る。
俊はそれに続く前に、白雪の顔を見たが、ニコニコしたまま手を振っていた。
グリフォンの背に乗ったことはある。ばれないように近づいて飛び乗れば問題ないはずだ。だが、ウサギがこちらに気づく可能性がある。
何にせよ、後を追う。
走って二分。
鳴海に追いついた。息を切らしている鳴海の先には、ぐるぐると走り回るグリフォンの姿。
「なんかすげえ馬鹿にされてる気がする……」
「確かに。これじゃあこっちのスタミナ切れで終わるし……なあ、手伝ってくれないか?」
記憶を呼び起こし、一つ思い出した。
俊は鳴海に耳打ちをする。するとすぐにわかってもらえ、鳴海は呼吸を乱したままどこかへ走っていく。俊もグリフォンがいる方向とは別の方へと走った。
そして十分後。
同じ場所へと戻ってきた二人の手には、青い小さな実がたくさんあった。
ミノタウロスに追いかけられても、グリフォンはこの実を食べていた。また、俊が集めた実をウサギはおいしそうに食べている。
鳴海が集めた実の中には、少し違うものも入っていたが、そこは気にせず、集めた実を道の真ん中に置く。
「よし。あとはこの道に追い込めれば、食いつくはず?」
「おいおい、もっと自信を持ってくれよな」
「確実に成功するとは思えないし……とりあえず追い込むわ。鳴海は少し離れて休んでて」
「いや! 俺もやる。ここに追い込めればいいんだろ? 任せとけ」
「! じゃあ、やろうか」
「おうよ」
疲れているだろう鳴海には休んでもらおうとしたが、本人はやる気のようだ。
二人は特に打ち合わせをせずに、グリフォンの後ろへと回り込む。
木の実を設置した道以外の道はないが、強引に枝が張っている場所を通り抜ける可能性もある。うまくやらないと逃げられてしまう。
しかし、そんな心配は無駄だった。
グリフォンの後ろから俊が追い込み、違う方向へと進もうとする場合には鳴海が行く手をさえぎる。そうして思い通りに、木の実がある道へと進んだグリフォンは、夢中になって実を食べ始めた。
そんなグリフォンの背中に乗っていたウサギも、降りて一緒に食べている。
「うおりゃ!」
鳴海がグリフォンの背中に飛び乗った。
隣のウサギは俊の腕の中だ。
「ギャウ!」
「てめ、暴れんなって」
「鳴海、どっかにコードないか探して」
「んなこと言っても……と、あったっうわっ!」
グリフォンの背から小さなカードを見つけた鳴海は、振り落とされてしまった。
グリフォンは背中が軽くなり、走ってどこかへ行ってしまった。
地面に落とされた鳴海だったが、しっかりとその手にはカードが握られている。
「おつ」
「おうよ」
俊は鳴海に手を差し出した。
鳴海はその手を握り立ち上がる。
「ほら、ウサギのお腹にも一枚」
俊はむしゃむしゃと実を食べるウサギが身に着けていたカードをとり、鳴海に見せる。
「やったな!」
二人はハイタッチをした。
その様子を白雪たちはこっそり見ていた。
白雪はにっこりと笑みを浮かべ、もう一人の女性の顔にも安堵した表情が浮かんでいた。
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