28 世界をつなぐ扉


「三段階目って何だっけ?」


 モニターを見ながら白雪は片瀬に問う。


「奴には行動力も備わっている。過去も乗り越えた今、不足しているのは協調性だ。それを確かめる」

「あー。そうだった」

「明日、他の更生対象者がこちらへやってくる予定だ。俺達も動かねばならない。対象者を確認しておけ」

「はーい」

「全員協調性がないやつが来るからな。外でやるのは危険だが、その分監視も増える。何事もなければいいが……」


 白雪は立ち上がり、棚からファイルを取り出す。

 そこには、俊以外にも数名の人物について事細かに記録されていた。

 小学生ぐらいの子から、俊ぐらいの年齢まで、男女ともに書かれている。

 どこか少し楽しそうな顔をしながらも、白雪は目を通していった。





 翌日。

 俊は軟禁されている建物の一階のホールへと呼ばれた。

 ムーナは部屋に残っている。


 ホールには片瀬と白雪以外にも、スーツを着た大人二人と、地べたに転がる人が三人いる。


「あ、きたきた。俊くーん、おはよー」


 俊の姿を見つけた白雪は、パタパタと走り、俊の手をつかんで、転がる人の近くに立たせた。


「じゃあ全員ちょっと起こしておいてくれる?」

「俺が?」

「うんうん。その間に準備するから待ってって」


 そういうと白雪は片瀬達の元へと戻ってしまった。

 残った俊は、一番近くに転がる短い金髪の男の元でかがみ、その肩を揺さぶった。


「あの……大丈夫っすか? おーい」

「んっ……うるせえなあ。うるっ……!?」

「いてっ!」


 何度か肩をゆするうちに、目を覚ましたようだ。

 急に体を起こした男と、俊は頭をぶつけた。

 男も頭を押さえている。


「いってえんだよ! なんだ、ああん?」

「こっちもいてえよ。うるさいなあ」

「んだと、てめえ!」


 大きな声をあげ、今にも手がでそうな気崩した制服姿の男。喧嘩三昧だった過去の自分とどこか似た雰囲気を感じ取った俊は、相手にせずに残りの二人を起こそうとした。しかし、それをする必要はなかった。


「うるさいよ、そこの猿」


 明らかに小さい……メガネをかけた小学生ぐらいの子がこちらを冷たい目で見ていた。

 その奥には、物静かそうな制服姿の少女が、今にも逃げ出しそうな雰囲気であたりを見ていた。


「猿とはなんだお前! ガキのくせして、イキってんじゃねえ」

「キーキーわめくのは猿としか言いようがないね。それにガキといっても、お前もガキだろう。精神年齢で言えば、僕の方が上だね」

「こんの糞ガキ……」

「まあまあ……」


 距離はあるものの今にも殴りかかりそうな男。おそらく短気なのだろう。

 俊がなだめようと、二人の間に割って入る。それでも、男は押しのけようとした。


「はーい、みっなさーん。こーんにーちはー」


 子供向け番組で言いそうな呼びかけ。その声はマイクを持った白雪だった。


「あれ? 返事がないな。もう一回。こーんっぶ」


 もう一と繰り返そうとした白雪の頭を、片瀬がはたいた。そのせいで、「こんにちは」が「昆布」になってしまい、俊がプッと噴出したのに対し、他の三人は無反応だった。


「もう、ちゃんとやるってば。それではみなさん、今から協力してチャレンジしてもらおうと思います!」


 白雪の突然のセリフに理解ができず、俊達の思考が止まった。


「ルールは簡単です。この世界のどこかに、現世へと戻ることができるゲートがあります。みなさんがそのゲートを通るためには、パスコードが必要です。そのコードを持っているのは私達! 協力してコードを手に入れてね」


 私達と言って手を向けたのは、片瀬達。白雪と片瀬、残りの二人の大人たちのことだ。

 一人は体が大きく、七三分けの髪型にメガネをかけた男。もう一人はショートヘアのどこか強そうな女性。


「一人が一つのパスコードを持ってるよ。一つのコードで一人しか使えないから、みんなが帰るためには四つ必要だね。みんながそれぞれコードを持って、ゲートに集まったら終わりにしまーす。質問あればどうぞー」

「はい、よろしいですか?」


 質問と手を挙げたのは、一番幼い男の子だった。

 まっすぐに右手を上げている。


「うん、いいよー」

「ここはどこなのですか? これは誘拐なのではないでしょうか。それに協力しろと言ってもこんな知らない人と協力なんて無理です。早く家に帰りたいのですが」


 小学生とは思えぬほどの言い方だ。

 白雪はニコニコしながらうなずき、答えようと口を開いたが、横からマイクを片瀬が奪い取った。


「俺が説明する。貴様らは社会のゴミだ。どうしようもないほどのな。貴様らがここ――アナザーにいるのは、社会に適応できないからである。我々は貴様らをここで更生させ、社会に戻すことが仕事だ。自分のどこがゴミだと思われているのか、改め直すことだな。詳しく知りたきゃ、その端の男に聞け」


 片瀬がそう言って指をさしたのは俊だった。

 全員の視線が俊に集まる。


「てめえ、何知ってんだ? 吐けや」

「いや、その……」


 金髪の男ににらまれる。喧嘩でにらまれることもあるので、怖くはないが、他の人の視線が集まる中でにらまれるのは経験していない。近寄る男と目を合わせないようにした。


「いつまでにコードを奪えとは言わない。無期限だ。それでは、開始する」


 片瀬がマイクをどこかへ置きに行く。同時に他の大人たちも次々に、そそくさとどこかへ去っていく。俊は慌ててその姿を追おうとした。


「ふふーん。ちょーっと待ってねー。えいっ」


 白雪の声に応じて、俊たちの大人たちの間に、氷の壁が作られる。

 後を追うことを許さないかのように、白雪もその場を去って行った。


「こんな氷を……空気中の水を凍らせるのか? でもそんなこと化学的に……」

「ボソボソうるせえんだよ!」

「ひゃっ……」


 目の前の事象を分析し始めた男の子に対し、男は怒鳴る。そして驚いた少女が声を上げる。

 この光景を見て、白雪の言っていた「協力」は無理だと悟った。


「ちっ……あいつらを捕まえりゃいいんだろ。俺は行く。ついてくんなよ」


 男は舌打ちをし、ホールから出て行った。


「あの人の言う通りならコードとやらをもらえればいいのだから……失礼、僕も」


 ぶつぶつと言った男の子も出て行く。

 せめて残った少女と少し話そうと、少女の方へ視線を向けたが、そこに姿はなかった。


「え? いつの間に? 誰もいない……」


 静かなホールに残された俊。

 ただただ茫然と立ち尽くした。

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