更生―Step 3―
27 トップの指令
「戻った」
「おかえりなさい。どうでした?」
片瀬はアナザーへ向かい、すぐに白雪のもとへ戻った。
白雪はモニターの前で今度は赤いイチゴがのったケーキを食べていた。
「飯田瑞樹に遭遇した」
「飯田……飯田瑞樹!? ええ? 死んだはずしゃ……」
「あいつは生きていた。しかもアナザーで。ゴブリンを飯田瑞樹が従えてるし、わけがわからない」
何度目かもわからないため息をつく片瀬。白雪の顔は曇っていく。
「そのこともあって、上に……先生に報告してきた。そうしたら花崎俊から何が何でも情報を引き出せと」
片瀬が柳のことを先生と呼んでいることを知っている白雪。片瀬はどうしたものかと頭を抱えていた。
「でも、もうずっと前のことだし、俊くんでもわからないかもしれないじゃん」
「拷問でもいいから情報を吐かせろと」
「えー」
柳が何かを知っているようなそぶりだったことは、白雪には伏せておいた。
まだ知っているという確証がないからだ。
白雪は柳の指示に納得がいかず、頬を膨らまし、怒っているようであった。
「拷問は最終手段だ。本人が覚えていても言いたくないときだけ、行うこととする。俺だってやりたくない」
「むーっ!」
「まずは本人に聞くしかないだろう。何か思い出すかもしれん。いくぞ」
「……はあい」
納得がいっていない白雪はしぶしぶ立ち上がり、二人は俊の元へ向かった。
「失礼する」
ノックもせずに俊がいる部屋の扉を開ける。ドワーフのムーナと談笑していた俊は、やっと次の更生かと気を引き締め、立ち上がろうとした。
「座ったままで構わん」
「あ、はい……」
俊はベッドに座ったまま軽く頭を下げた。片瀬と白雪は立ったままだ。
俊の向かいに二人が立つと、ムーナは俊の隣にちょこんと座った。
「今日は更生についてではない。お前に聞くことがあるから来た」
白雪がいつもより真剣な顔をしているので、何事かと思い片瀬に目を向けた。片瀬は前に腕を組んでいる。
「お前はドワーフの魔法で、過去を見た。そこで瑞樹という人物に会った、それは間違いないな?」
「ああ、そうだけど」
「そいつのフルネームは?」
「え? 何々?」
「いいから答えろ」
「い、飯田瑞樹……」
突然瑞樹のことを聞かれた。なぜ聞くのかわからない俊に対し、片瀬はきつく声をあげるので驚きながら答えた。
「飯田瑞樹はお前が幼い時に亡くなったんだよな」
「そう。小学生のときに自殺したって……」
思い出して暗くなる俊。しかし片瀬は変わらない調子で問い続ける。
「亡くなった姿を確認したか?」
「……? どういうこと?」
「死体……遺体を見たかということだ。葬式で見たかと聞いている」
俊はよく思い出してみる。
親友が亡くなったという現実を受け入れることができないまま参列した葬儀。はっきり覚えているのは、瑞樹の母にお前のせいだと言われて、石を投げつけられたことだけだ。
「覚えて、ない……」
「よく思い出せ。棺はあったか?」
「そんなこと言われても……」
「俊くん……」
俊は目を閉じて必死に思い出そうとする。しかし、何も思い出すことができない。
白雪は心配そうにそれを見守っていた。
「では聞き方を変える。お前は棺に何か入れたか?」
「いや、それはしてない。ん……? 棺、なかったような……」
「火葬はしたか?」
「ううん。してない。あれ? そもそも死んだらどうやって棺に入ってるんだ?」
よく考えてみれば亡くなった人がどうやって棺に入れるのかを知らない。ということは、瑞樹を見ていないことになる。
瑞樹の姿を確認していなかったということが分かった片瀬は、何かを考え始めた。
「てかなんでそんなこと聞くんすか。今更瑞樹のこと聞いても仕方ないんじゃ?」
「いや、関係あるんだ」
「なんで?」
俊の問いに片瀬は悩んだ。
アナザーにて更生中である俊に、亡くなったはずの親友の飯田瑞樹が生きていることを伝えていいのか。伝えたら混乱し、会いに行こうとこの場から逃げ出そうとするのではないか。混乱してしまったら、今後の更生プログラムに影響が出るのではないか。ならば伝えない方がいい。
「先輩、話した方がいいんじゃないですか? 関係者だもん」
頭上にクエスチョンマークが浮かぶ俊に目を向けた片瀬は、白雪の言葉で決めたようだった。
「それもそうだな。花崎俊、起きていることを伝える」
片瀬は話始めた。
アナザーで暮らすミノタウロスが現世に出現したこと。
それによって今現世は混乱していること。
アナザーで瑞樹が生きていて、ゴブリンを従えていたこと。
全てをそのまま話した。
俊は静かにそれを聞いていた。
「そういうことがあって、飯田瑞樹について聞きたい。知っていることがあればすべて話せ」
「すべてって……普通に仲がよくて、一緒に過ごして。そんな感じだけど?」
「そんなことは知っている。何か手元に残るようなものは残っていないのか? 写真とか」
「写真はないなあ……あ、そういえば母さんが瑞樹の遺書を受け取ってたはず。あの真っ暗の中で見たんだけど。あるのか、あれ」
「遺書……それならば本人が書いたものだろう。読んでないのか?」
「そんなのあるの知らなかったし」
「今それはどこにある?」
「知らね。家なんじゃね?」
俊と片瀬は沈黙した。
白雪は二人の顔を交互に見ているうちに、ひらめいた。
「探しに行きましょう! 私達が探しに行っても、どうせ見つけられないもん。本人じゃないとダメじゃない?」
白雪の提案に片瀬は驚きの表情を浮かべる。
「それは無理だ。更生が終わるまでアナザー外に出ることは認められていない」
「えー。じゃあじゃあ、更生終わったってことにしない? 判断するのって結局私達でしょ? 私達がオッケーって言えば、他の人は何も言えないよ?」
「確かにそうだが……だが、こいつが更生を終えたとはとても言い難い。このまま元の生活に戻ったところで、こいつの態度は変わらんだろう」
「そうかなあ?」
「三段階中、二段階まで終えたのだが、残りの更生を終わりとする訳にはいかん」
「じゃあどうするの?」
「……更生は続行する。このままな」
「じゃあじゃあ、探しに行けないよ?」
「俺が金井の部下にでも頼んでおく。おそらく動いてくれるだろう」
「むー」
「え? なに、どゆこと?」
片瀬はため息をついて、全くわかっていない俊を見つめた。
「更生プログラムは続ける。残り一段階が終わるまで、現世に戻ることはできない。俺たちはお前の更生を監視しながら、飯田瑞樹についても調べていくということだ」
「お、おう……」
よくわかっていない俊はそのままに、片瀬は話し続ける。
白雪は意見が通ったことで嬉しいのか、口角を上げていた。
「いいか、ここを飯田瑞樹に知られて襲ってくる可能性も十分ある。このドワーフもここで待機しているが、万が一何かあったら、すぐに逃げろ。俺達の手の届くところまでな」
「でも、ここから出らんないんじゃないの?」
「非常時に備えて、この部屋の鍵は解除しておこう。ただし、建物外には出られないようにしておく」
「軟禁続行……」
「そういうことだ。次の更生に向けて心の準備でもしておくんだな」
「うえー」
片瀬は要件を伝えると、部屋から出て行った。
白雪は部屋を出る際に、俊に軽く手を振ってから出て行く。
結局何も変わらず、軟禁が続くということがわかった俊はベッドへと体を預けた。
天井を見つめる俊の横で、難しそうな顔をしたムーナはいることに気づかずに。
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