24 現世に

 車や人が行きかう都会の中にある大きなビルの一つが、特異省である。

 そのビルの中で画面とにらめっこしていた金井に、別の男が何かを持ってきた。


「金井さん。金井さんあてに文書が届いてます」

「誰からだ……っ?」


 七三分けの体格のいい男が片瀬に丁寧に紙を渡し、すぐ近くの自分のデスクへと帰って行った。金井は書かれた文字から差出人が片瀬であることに気づく。

 普段自分宛の郵便物でも、確認を後回しにしてしまう金井だったが片瀬を尊敬してやまないので、すぐにその文面を確認した。


「飯田瑞樹……? 誰だ?」


 金井と片瀬は所属する部署が異なる。片瀬は主にアナザー内で働く管理部だが、金井は現世でアナザー対象者を連れていく執行部に所属している。互いに連携が必要であることや、過去に色々あったので、金井は片瀬を慕っていた。そんな片瀬からの依頼に、金井はすぐに調べる。


 金井は目の前のパソコンを使い、特異省が管理しているデータベースにアクセスすると、そこの検索ボックスに「飯田瑞樹」の名前を入力した。このデータベースならば、生死に関わらず、すべての国民の情報が記録されている。家族や学校、職場、経歴までも詳しく記録されているので、アナザーでの更生対象となりうる人物の情報を集めるのに使われているものであった。

 しかし、表示された検索結果は「該当者なし」。漢字が間違っていないかを確認し、再度検索するも該当する人物の名前はなかった。


「どういうことだ? なぜ存在しない」

「どうかしましたか?」


 金井に文書を渡した男が、ぼやく金井に声をかけた。


「データベース、すべての国民が載ってるんだよな?」

「ええ。間違いありません」

「さっきの片瀬先輩からの指示にあった人物の名前を検索したんだが、いない」

「それはないはずでは……?」

「何度やっても変わらん」

「そうなりますと、別名があるというケースかもしれません。もしくは戸籍に載っていないか」

「戸籍……戸籍はここじゃ調べられないからな。今からちょっと出てくる」

「了解しました」



 金井は一つ下の階へ向かう。

 金井が所属する部署では戸籍のデータは確認できない。なので確認できる部署へと向かうのであった。

 戸籍を管理する部署の人に事情を伝え、「飯田瑞樹」について調べてもらう。


「あの……申し訳ありませんが、そのような人物はおりません。何度も調べたのですが。ですが両親についてはこちらです。この夫婦に子供はいません」

「そんなはずは……いや、ありがとう」


 飯田瑞樹の両親の戸籍についての資料を受け取り、確認する。そこには確かに子供の存在は書かれていなかった。

 不審に思った金井はそのまま外へ出た。


 次に向かうのは飯田瑞樹が住んでいたという家。両親の戸籍に書かれていた住所へと向かった。

 タクシーに乗り、目的の場所の近くで降りる。俊が住むアパートに近くに建つ、立派な一軒家が目的の家のようだった。

 表札を確認する。しかしそこに書かれていたのは「飯田」の苗字ではなかった。


「さすがに住んでいない、か……?」


 自らの子を亡くして、引っ越すケースも少なくない。

 もしかしたら住んでいるかもと思いやってきたのだが、すでに引っ越したようだった。

 無駄足を踏んだと思いながら、今度は通っていた小学校へと向かう。この家から歩いて通える範囲に小学校がある。スマートフォンで地図を確認しながら歩いた。

 その道中で、金井は衝撃的な光景を目にした。


 ドシンと音を立てて歩く大きな二足歩行の生き物――それはアナザーで暮らすミノタウロスの姿だった。

 金井もアナザーに存在している生き物に関して知らないわけではない。どのようなものがいて、危険なのかどうかということはわかっている。だからこそ、道を歩くミノタウロスを見て冷や汗をかいた。


 今は平日の昼間。

 小学校は近いが授業中であるため、子供が歩いていることはない。また、多くの者が働いている時間であるので人通りはない。叫ぶ声も何もないため、怪我人もいないだろう。


 このミノタウロスのことを知っているのは、特異省の者だけだ。厳格な情報管理をしているので間違いない。


 今ここにいるのは自分しかない。このままミノタウロスが人が多い場所へと行ってしまったら大きな被害が出ることに違いない。自分がどうにかしなければ。


 あいにく身に着けているのは携帯用の小さな伸び縮みする警棒。頑丈な作りになっている。これではミノタウロスを完全にダウンさせることは難しいことはわかっている。しかし自分がやらなければいけないと覚悟を決める。


「くそっ……!」


 ミノタウロスの写真と今いる場所の位置情報を、省にいる部下に送る。

 金井は捨て身の覚悟でミノタウロスへと向かって行った。

 その姿を小さな老人と少年がずっと見ていることを知らずに。






「白雪っ!」

「はひ?」


 金井に片瀬が調べるように指示を出してから一週間。

 片瀬の元に一通の封筒が届いた。それは現世からのもので、金井が所属する部署から来たものであった。

 その手紙を読んだ片瀬は、焦った声で白雪を呼ぶ。


「どうかしました?」


 甘いドーナツを食べながら片瀬の元に来た白雪に、届いた手紙を見せる。


「うん? うんうん……え、金ちゃん?」


 手紙に書かれていたのは、金井が調査中に重症を負ったこと。意識はあるものの、入院するほどの大怪我らしい。そしてその怪我の原因が現世に突如現れたミノタウロスであることが書かれていた。


「ミノタウロスがアナザーから出ている……? いや、そんなはずは……俺達が使うゲートはとても奴が通れるようなサイズではない。必ずどこか別の所から侵入している。現世で魔法が使えないのだから、俺達も警察も何もできないぞ……」

「先輩……」

「とりあえず俺はこれから金井の様子を見て、話を聞いてくる。白雪はここから出るな。くつろいでるあの馬鹿には何も伝えるなよ。現世のミノタウロスの件も含めてみてくる」

「はい」

「すぐに戻る」


 片瀬は荷物を手早くまとめて部屋から去っていく。焦る片瀬の様子から、危機を感じ取った白雪はふざけることなく、見送った。


「金ちゃんがねえ……アナザーからみんなが行ったら、きっと大混乱だよ」


 ミノタウロスだけではない。アナザーには他にも危険な生き物は数多く存在している。もし、アナザーと現世の出入りが自由になってしまったら、人々は何もできず、ただやられるだけだろう。アナザーの中なら対応できるが、現世に戻ると力もないただの人になってしまう白雪はウサギを抱えながらモニターを見ていた。



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