25 病院


「失礼する」


 大きな大学病院。その個室に金井がいると聞いた片瀬は、アナザーから現世に戻ってすぐにその場所へ向かった。

 どの病室なのか看護師に聞き、部屋の扉を開ける。ベッドの上に包帯だらけで点滴がつながれた金井がいた。


「片瀬さん。わざわざすみません」


 金井はいつもきっちり七三分けをしていたが、今は乱れており顔までガーゼや包帯がまかれていた。歯を食いしばり体を起こそうとするのを、片瀬は手で止める合図をした。


「すみません……」

「謝るのは俺のほうだ。そんな怪我をさせたのは俺のせいだ」


 ベッドサイドに立ち、横になっている金井に頭を深々と下げて謝罪した。


「そんなことないです! これは自分で負ったんですから! 謝らないでください!」

「いや、本当に俺が……すまん。これを続けても仕方ないな」

「そうですよ。それより、話があってきたんですよね」


 金井と片瀬はかれこれ十年以上の関係だ。互いをよくわかっているからこそ、金井は片瀬がやってきたことに理由があることがわかっている。


「さすがだな。そうだ、金井が調べて何かわかったことがあれば教えてほしい」

「ええ、片瀬さんがいう男を調べました。ですが、データベースにはその人物について何もなかったんです。戸籍も調べましたが、載っていません。両親は確かにいました。今どこに住んでいるのかはわかりませんが」

「存在しない人物……」

「通っていた小学校へ向かおうとしたときにこのざまです」

「そりゃ太刀打ちできないだろ。ゴブリンならまだしも、ミノタウロスに銃がきくとも思えん」

「あ、いやそんな。それよりも……」

「ん、なんだ?」


金井は急に黙った。

不審に思った片瀬は、全部話せと言う視線を送る。


「いや、なんか柳さんがいたんですよ。そこに」

「先生が?」

「ええ。柳さんが来た途端に、ミノタウロスは一瞬で消えてしまい、真相は何もわかりませんでした」


 親しい人の名前を聞いた片瀬は眉をしかめた。なぜその人がいたのか、そしてミノタウロスが消えたのか、その理由を考えているとき、個室の扉をノックする音が響いた。


「金井さーん、そろそろ包帯を変えますよ」


 カートを押しながら入ってきたのは看護師だった。


「俺はこれで失礼するよ。帰って少し調べてみる」

「あ、はい。気を付けてくださいね」


 看護師に会釈して病室から出た。

 ナースステーションにいる看護師と目が合ったので会釈をしておく。女性看護師はなんだか顔が赤くなっていたが、体調が悪いなら休めと思いつつ病院を後にした。


 時刻は正午過ぎ。太陽は雲なき空に高く昇っている。

 天気のいい休日だというのに、外を歩く人は片瀬以外にいなかった。都会だというのに車すら走っていない。

 気味悪さを感じながらも片瀬はこのままアナザーへ向かった。


 

 アナザーにいる人の顔は知っている。

 普段利用する場所に住むモンスターについても把握していた。

 しかし、アナザーの様子が少し違う。

 やたらと森が騒がしく聞こえる。


「何が起きている?」

「我々も把握できておりません。ここよりももっと北の方で何か起きているようですが、ここを離れることができず……」

「わかった。俺が見てくる」


 アナザーと現世をつなぐゲートを管理している男に聞くも、何も情報を得られなかった片瀬は、自らの足で音の原因を探りに行った。


 深い森を抜け、広野に出ると、ゴブリンが何かを襲おうとしていた。少しずつ近づき、様子を見ると、二匹のゴブリンが人をたたいている。そのゴブリンの手には棍棒やボロボロの刀が握られていた。

 

 ――まずい。魔法で……。

 なぜ人がいるのかわからないが、助けなければならない。片瀬は息を吸って唱える。


「捉えろ、縛!」


 片瀬の声により、ゴブリン達の足元から白い布が出る。その布がゴブリンに巻き付き、動きを封じ込めた。その間に、囲まれていた人物の元へ駆け寄る。

 ゴブリンに襲われていたのは少年だった。その姿は今更生中である俊と同じぐらいである。緩くパーマがかかり青みがかった髪。前髪は長く、顔を確認することはできない。


「立てっ。逃げるぞ」

「え?」


 地面に伏せていた少年の腕をとり、立ち上がらせようとするも少年は立とうとしない。片瀬はその様子に違和感を覚えた。

 そうこうしているうちに、ゴブリン達はどうにかして動けないかともがいている。片瀬の魔法の効果は短かった。普段なら長時間止めることができるはずだが、どこか様子が違った。


「早く立て!」


 片瀬は怒鳴る。

 少年はその声で、片瀬の顔を見た。顔にかかっていた前髪が横へ流れ、あらわになる顔。少年の真っ赤な瞳が片瀬に向けられる。


「ん……お前、どこかで……」


 どこかで見たことがある顔。それがどこだったかと考えていると、少年はにやりと笑い、片瀬の手を振り払った。

 少年が片瀬から距離をとると、ゴブリンの動きを封じていた布が破れる。自由になったゴブリンが狙ったのは少年ではなく、片瀬だった。


「何っ?」


 振り払われた刀を交わし、刀を持つゴブリンの手を蹴り上げる。するとゴブリンの手から刀は離れ落ちた。それを片瀬が拾い、前に構える。


「ガアウウウ」

「ギャウ」


 ゴブリンは大きな声を上げて威嚇するが、片瀬は臆することない。目の前のゴブリンよりも、その奥に立つ少年に意識が向いている。

 少年はゴブリンと対峙する片瀬を見て、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。


「貴様、何者だ?」

「僕? 僕のこと、もう知ってるでしょう?」

「……飯田瑞樹か?」

「だーいせいかーい」


 少年の言葉で、不確かだった考えが確かなものとなった。

 白雪が調べまとめた資料にあった、リアルに描かれた幼少期の姿を確認している。そのころよりも成長しているが、どこか面影があった。


「貴様は死んだはずだろう?」

「お葬式もしたよ。でも本当にそこにはいたのかな? 確認した?」

「そのすべはない」

「そう? 確認すればいいじゃん、俊くんに」


 黙る片瀬を瑞樹はニコニコしながら見ている。


「ま、帰ったら確認するんだな。今日は様子見だけだし。ゴブリン、後はよろしくね。それじゃ、また……」


 瑞樹が手をひらひらと振りながら、片瀬に背を向ける。

 瑞樹は何かを知っているに違いないと考えた片瀬は、瑞樹に向けて魔法を放った。


「捉えろ、縛!」


 瑞樹の足元からゴブリンを捉えたものと同じ布が出る。しかしそれが瑞樹を捉えることはなかった。何か壁があるようで、瑞樹からはじかれる。


「シールドか? だが、ノーモーションでそんな……」


 瑞樹は変わった動きをすることなく、片瀬の魔法を防いだ。

 アナザーで仕事をする片瀬は、一通りの魔法は身に着けている。どの魔法を使うにしても、何かしら呪文や動きが必要であることを知っていた。しかし瑞樹は何もせずに魔法のようなものを使った。


「ざあんねん。僕に魔法はダメだよ。今度こそじゃあね」


 瑞樹は光に包まれ去って行った。

 片瀬の前には二匹のゴブリンが立ちふさがり、追うことを許さなかった。


「雑魚が」


 片瀬の手にはゴブリンから奪った刀がある。それをゴブリンに向けた。


「ギギイッ」


 武器もなく襲い掛かるゴブリン。

 しかし、武器を手にした片瀬にとって、倒すことは容易なことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る