23 子供は子供じゃない

「残されてしまったわ」


 小さなドワーフは、閉ざされた扉を見つめながらつぶやいた。

 改めてドワーフに目を向ける。魔女のような黒いローブからのぞく白い襟のついたワンピース。ウエストには大きな赤いリボン。ワンピースは膝ぐらいまでの丈で白いフリルがついている。短い編み込んだブーツのヒールは数センチ。かわいらしい服装でもあるが、どこか落ち着いた大人の印象を与える。


「あら、何? どうかした?」


 落ち着いた話し方をするので、ドワーフは俊よりもかなり大人びているように感じた。


「なんか落ち着いてるんだなって思って」

「当たり前よ。いくつだと思ってるのよ」

「……八歳ぐらい?」


 俊の腰よりも小さな背のドワーフは小学生に見える。それも低学年の。

 俊は顔をポリポリと掻きながら大体の年齢を予測した。


「馬鹿にしないで! 私はそんな子供じゃないわ!」

「いてっ! じゃあ何歳だよ!?」

「レディーに歳を聞くんじゃない!」


 ドワーフがベッドに飛び乗り、俊の顔をはたいた。しかしそんなに痛くはない。蚊をはたいたときのような痛みだ。なので、すぐに痛みはなくなった。


「んな理不尽な……」


 何歳に見えるかと聞いておきながら、答えは教えずに顔を叩かれたので、苦い顔をしていた。


「そういえばあなた、魔法ができるの?」

「た、多分?」

「やってみなさいよ」


 ドワーフは高圧的な態度であるが、それが気になることはなかった。俊はしぶしぶ魔法を使ってみる。


「えっと、確か……アンブレイカブル」


 俊の声と同時に、四肢の皮膚がピキピキと音を立てつつ固くなっていく。一呼吸してからまじまじと腕を見ていたとき、ドワーフはじっとその様子を見ていた。


「こんな感じだけど?」

「なるほどね。自分を強化する魔法のようね」

「強化って? そんなに分類あんの?」

「当たり前よ。ほかにも火や氷や電気、それに私が使ったような精神に干渉する魔法もあるわ」

「へえ?」

「よくわかってないようね」


 ドワーフにぐっと顔を近づけられる。その彼女の大きな瞳に俊の顔が映っている。

 炎と言えば、火おこしのために学んだ。一度であったミノタウロスが青かったから、氷を使うのだろう。

 過去を思い起こしていたときの顔がおかしかったのか、ドワーフはプッと吹き出した。


「あなたね! ふふふっ……かなり変な顔をしてるわよ?」


 口元を小さな手で隠しながら笑うドワーフ。

 つられて俊なぜか笑ってしまった。すると硬化していた魔法が解け、通常の状態に戻った。


「そんなに長い間、魔法を保っていることはできないのね」

「そうかも」

「ふふっ、俊って言ったかしら? あなたのその魔法も、顔芸も好きよ」

「顔芸かよ。ドワーフの言い方は厳しいな」

「ドワーフは種族名よ。あなた達なら人間といったみたいにね。私はムーナよ」


 ドワーフのムーナは、顔にかかるピンク色の髪を耳にかけ、俊に微笑んだ。

 大人びた表情に、また疑問がわいてくる。


「ところでムーナって結局何歳?」


 その質問を投げかけた瞬間に、今度はムーナの拳が俊の顔にクリーンヒットした。



 一方で、部屋から去った片瀬と白雪はモニターの並ぶ部屋の一角にあるデスクで話し合っていた。


「どういうことなんだ。ドワーフが使った魔法以上のことが起きるのは」


 片瀬はその本には難しい言葉が並ぶ、分厚い本のページをめくっている。

 その向かいには白雪が頬杖をついて窓の外を見ながら、何やら考えていた。


「記憶を封じる際に何かをしかけたのか? それなら医師を調べる必要がある。いや、花崎俊自体に何か……?」


 ドワーフは過去を覗く魔法を使った。それは俊が実際に見た事のみを覗くことができる。しかし、俊はその魔法の中で、今まで知らなかった魔法を教わったという。思っていた結果とは違うことが起きていることに、片瀬は混乱していた。


「もひとつ可能性、あるよ」


 視線は窓の外へ向けたまま、白雪は口を開く。

 あれやこれや原因を考えていた片瀬は、白雪に目を向けた。


「記憶を封じた人が何かしたのか。俊くんに何かあるのか。そして、魔法の中であった人に何かがあるのか」

「……母親か?」

「ううん」

「死んだ少年か」

「うん、親友の飯田瑞樹くん。少し調べたんだけど、なんだかおかしかったの。ちょっと待ってて」


 白雪は立ち上がり、モニターの並ぶ方向へ向かった。何やらガサガサと書類を集める。そしてそれを全て持って片瀬の元に戻る。

 書類をテーブルにバサッと置く。まとめられてない書類はパラパラと散る。


「よく集めたな……」

「だって過去見るにはあらかじめ知っておこうと思って。でもね、おかしいの」

「おかしいとは?」

「あのね、その子の写真がないの。一枚も」

「写真? せめて遺影ぐらいあるだろう?」

「ないの。遺影に使ったのは写真じゃなくて、絵だったの」


 そう言って白雪は数枚の書類を片瀬に見えるように置く。

 それには文字がつらつらと並ぶ。片瀬はさっと目を通した。

 そこに書かれていたのは、飯田瑞樹について。家族構成や通っていた学校名が書かれている。

 また別の資料には、俊のクラスメイト、教師についての書類があった。飯田瑞樹のものとは違い、それには顔写真が付いていた。


「探したんだよ。でも、ちっとも見つからなかった。家族写真すらもない。幼稚園のアルバムにもうつってなかった。名前はあるのに顔写真はなかった」

「それは変だな」

「でしょ! 遺影に使った絵はこれだよ」


 白雪が示した紙に、胸まで書かれた少年の姿があった。リアルに描かれている。


「顔は一応わかるが……」

「不思議なの。もうわかんなさすぎて、調べるの疲れちゃった」

「あとは金井に調べさせる」


 一通り目を通した片瀬は、上着のポケットから小さな銀の笛を取り出して音をならす。すぐに窓を開けると、遠くからとりのような生き物が飛んでくる。

 鷲のような鋭い嘴と爪を持つ鳥は、窓の縁に静かに止まる。その体には小さな鞄がつけられている。


「こいつをゲートキーパーに」


 片瀬が小さな紙に何やら書き、鞄にしまうと再び空へ飛び立った。


「どうせ暇してる金井にも調べさせる。花崎俊の様子は?」

「うーん? ムーちゃんと何かお話ししてるみたい」

「変な行動をしたら報告しろ。更生プログラムも変更することにする」

「はーい」


 片瀬は部屋の奥へと行ってしまった。

 白雪は返事をし、モニターに映る俊の様子を見つめるのであった。

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