20 モニターに映る姿


 俊が苦しんでいるのとは別の場所。

 多くのモニターが並ぶ部屋で、稼働しているモニターを見ながら白雪は優雅に紅茶を飲んでいた。


「どうだ? 立ち直ることができそうか?」


 片瀬は経口ゼリーで腹を満たしながら、白雪が見ているモニターをのぞき込んだ。そこに映る俊はベッドの上で静かに眠っている。そんな俊の上に、薄いピンク色の髪を持つ小さな人が乗っていた。


「見ます? こっちの画面で丸見えです」


 白雪が別の画面を指さす。そこには俊が耳を塞いで小さくかがんでいる姿が映っている。


「ダメそうじゃないか? 気づいたら廃人になってたなんてことになったら、特異省の責任になるんだぞ」

「俊くんなら大丈夫ですよー。金ちゃんと違って強いもーん」

「私がなんだって?」

「あ、金ちゃん」


 白雪が「金ちゃん」と呼ぶ人物が部屋に入ってきていた。

 スーツ姿に七三分け。そしてメガネをかけた小柄な男性。俊の家へ来て、アナザーへと連れて行った人物だった。


「金ちゃんではない! 私は金井かない康弘やすひろだ!」

「金井だから金ちゃんだもん」

「だーかーらーっ」


 白雪と金井が口論するも、片瀬は無視してモニターを見つめていた。


「金ちゃんの金は金太郎の金ー」

「金井だ! 金太郎でもない!」

「金太郎はおかっぱだから、金ちゃんも真似しなきゃ」


 ヒートアップする二人。と言っても金井だけが熱くなっているだけだが。


「金井、うるさいぞ」

「はいっ! 静かにします!」


 片瀬の一言で金井は姿勢を正し、敬礼をする。

 その姿を見てあきれたようにため息をつく片瀬。白雪は何事もなかったかのようにモニターに目を向けている。


「金井はこいつのこと、どう見てる?」

「これは……前に連れてきた花崎俊ですか。まだアナザーから出られてないとは。更生の見込みがないのでは?」

「違うもん! 俊くんは金ちゃんよりすごいんだから!」

「おい白雪、なんでお前はこいつに肩入れするんだ?」


 きょとんと片瀬の顔を見つめる白雪。片瀬はその目を見つめ返す。


「知らないの? 俊くんにはね、強い意志があるの。でも、それは隠されちゃったの。自分でその意思を取り戻せたら、金ちゃんなんてボコボコにしちゃうんだから!」


 白雪は立ち上がり、ボクシングのように手を前にして金井へと拳をむけた。

 その拳が金井の胸にあたるも、金井はびくともしない。何度も当たり、痛がるどころか金井の表情は変わらなかった。


「相変わらずなんだそのパンチは。痒いぐらいだ」

「そんなあ。これでもムキムキを目指してるんだよ? ほら腕がムキムキしてきた」


 白雪が力こぶを見せるように細い腕を曲げるが、こぶなどない。


「あー、はいはい。頑張れ」

「ひっどい! そんなんだから金ちゃんには彼女ができないんですー。ね、先輩?」

「なんでも片瀬さんに問うのではない!」

「だって先輩モテモテだもん。いろんなこと知ってるもんね。ね?」


 白雪と金井はそろって片瀬に視線を向けた。片瀬はモニターから目を離さずに口を開く。


「がんばれ白雪」


 棒読みの片瀬だが、白雪は「おー」と言いながらパチパチと拍手をする。金井は納得がいかないのか片瀬と白雪を交互に見た。


「ほら、さすが先輩でしょ?」

「いや、言ってる事が私と変わら」

「違うこともわかんないの!? やっぱり金ちゃんはダメだなあ」

「え、え? これは私が悪いのか? どういうことなんだっ!」


 金井は頭を押さえて体をくねくねと動かし、考えているようだ。


「白雪、監督しろ」

「はーい」


 片瀬に言われ、白雪は椅子に座りなおしてモニターを見つめた。

 先ほどと変わらず、俊が苦しんでいるところだった。


「確かに花崎俊は、他の者とはどこか違うものを感じるが、更生プログラムが三段階もあるとどこかで廃人になってもおかしくない」

「そうなったら監督責任になるから、その頭フワフワ女のせいだ」

「もう! 金ちゃんうるさいんだからね! ピンちゃん、アターック!」

「キュウ!」


 ウサギのピンちゃんは白雪の指示に従い、どこからともなく現れると金井に向かって飛び出した。


「おまっ! ここは連れ込み禁止だろ! やめっ!」


 金井はウサギから逃げるように部屋から出て行った。ウサギもそれを追いかけて部屋を出て行く。


「ふーんだ!」

「あいつ、何しにここに来たんだ?」


 ジュッと経口ゼリーを飲み、特に何かを伝えることなく去って行った金井を見送った片瀬は、ため息をつきながらつぶやいた。


「ため息をいっぱいついてると幸せ逃げちゃいますよー」

「もう何が幸せなのかわからないさ」

「あれじゃないですか? 更生しなきゃいけない人がいなくなること?」

「どうだろうな……いなくなったら俺の仕事がなくなる」

「それもそっかー。無職になっちゃうね」

「だろ。まあ、今は仕事をしろ。これでこいつの将来の部署も決まるんだからな」

「はいはーい」

「はいは一回だ」


 俊は頭を押さえてスクリーンを見つめている。白雪と片瀬も映された映像を一緒になって見ていた。


「この飯田瑞樹の件は何だったんだ?」

「えっとねー……あったあった。俊くんに被害が及ばないように距離を取ったんだけど、結局母親の暴力に耐えきれなくなって自殺したみたい。その時の心のケアとして選んだのが『記憶の封印』だったんだって」

「一時期はやったな、そんな治療」

「むーちゃんが教えてくれたの。封印があるよーって。だからこじ開けちゃった」

「むーちゃん……? ああ、あの小人か。いやドワーフ?」

「むーちゃんでいいの。むーちゃんは記憶覗くのが得意なんだって。だから先輩のことも覗いちゃう」


 白雪は片手で丸を作り、そこを覗き込むようにして片瀬を見た。片瀬は表情を変えないまま、手でモニターを見ろと合図をする。白雪はさっとモニターへと戻す。


「ひどいよね、子供が死んだのは親のせいだっていうのに、全部俊くんのせいにして。それに喧嘩をしても全部俊くんのせい。そんな生活してたら心を閉ざしちゃうのもわかる気がする」

「大人は自分の都合のいいように話すからな」

「先輩も?」

「ああ、俺もだ」

「やだなあ、大人になんかなりたくない」


 今度は白雪が小さくため息をついて頬杖をついた。


「お前も花崎と大差ないだろう? 他人に拒まれ一人になったっていう意味では」

「確かにー。先輩が監督でよかったですー。金ちゃんだったら多分死んでるもん」

「また金井か。好きだな、金井のこと」

「違いますよー。からかいがいがあるの。あ、俊くんが」


 モニターに映る俊に異変が起きたことで、視線を移す。

 先ほどまで苦しんでいた俊の目つきが変わっていた。しかしまもなくして、画面は砂嵐となってしまった。

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