21 暗闇を照らすもの
「あんたのせいでうちの子は死んだの」
「あんたがいなければよかったのに!」
「この人殺し!」
葬式の時に言われた言葉以外も聞こえてくる。姿なき瑞樹の母の声が暗闇に響いた。
当時の最新医療によって封じ込めていた記憶がよみがえり、耐えきれなくなった俊は胃の中のものを吐き出した。
「おえっ……げほっ」
ここに来てからチョコレートしか食べていない俊は、吐き出すものがほとんどない。それでもこみ上げてくるものを吐き出した。胃酸のせいで口の中が気持ち悪い。
「あなたはいらない子なの」
「学校に来なければいいのに」
「生きている意味がないくせに」
今までのクラスメイトや教師、母親の声で響く言葉。
俊は聞きたくないと、しゃがみこみ、涙を流しながら耳を塞いだ。
「俊くん。顔をあげて」
いつの間にか過去の映像を映していたスクリーンはなくなっていた。聞き覚えのある声に顔をあげると、目の前には小さな少年が俊に手を差し伸べている。
「み……みず、き……?」
それは間違いなく瑞樹だった。
俊が仲良くしていた、元気なときの瑞樹だ。
「うん、僕は瑞樹だよ」
顔をくしゃっとして微笑む姿は、瑞樹であることを示していた。
俊は差し伸べられた手を見つめるが、握ることはしない。
「俺の、俺のせいで……瑞樹が」
「俊くんのせいじゃないよ」
「でもっ!」
亡くなった瑞樹を思い出して泣く俊。
再び顔を下に向けてしまった俊の顔を、瑞樹の手が優しく包んだ。
「君のせいじゃない。これは僕が選んだのだから。俊くんは、強く生きて」
俊の頬に両手を当て、こぼれてくる涙をぬぐう手は温かかった。
止まることない涙を何度もぬぐう。
「俊くんはね、僕の大好きな友達で、それに僕にとってのヒーローなんだよ」
「でも、瑞樹はっ!」
「僕もヒーローになりたかったんだ。誰かを、君を守るヒーローに」
――親友を助けられなくて、何がヒーローだ。
そんな思いがこみ上げてくるも、言葉にすることができない。
「俊くんのこと、僕は大好きなんだ。自分だって怖くて痛いはずなのに、困ってる人がいると駆け寄るところ……俊くんの優しさが大好きだよ」
「俺はっ! 俺は優しくなんかない! 優しくしても意味ない! 俺はいらないんだ!」
「俊くん……」
今もなお響く声が、俊の存在を否定する。
それを瑞樹に訴えると、瑞樹は俊の頭を小さな自分の胸に抱きしめた。
「みず、き?」
心臓の音は聞こえない。しかし、瑞樹の胸の中では、俊を否定する声は聞こえなくなった。
「よく思い出して。周りの人は本当にそういう事を言った? 先生やお母さんも。今、ここで聞こえる声は本物?」
「……それは、ちがっ……母さんはそんなこと言わない」
「そうだよね、俊くんを拒んでないんだ。俊くんが本当の周りの声を聞いてないだけなんじゃないかな?」
何度も喧嘩をしては呼び出しされた時に、同じ話しかしない教師へ毎回軽い返事をしていた。
街中を歩くと、他校の生徒に絡まれるので、自己防衛のために鍛えた。
自分と関わりを持ったら、他校の生徒から何かされるかもしれない。ならば自分と関わってはいけないと、話しかけようとするクラスメイトを遠ざけた。
「どう? 俊くんは声を聞いていた?」
「きい、てない……何も……話してない」
「ここで聞こえる声も聞いたことないでしょう?」
「ああ……」
「今聞こえるのは幻。誰かが悪い夢を見せているんだ」
「誰か?」
瑞樹が俊の後ろを指さす。
俊を否定する声は途絶え静かな闇の中、瑞樹の胸から頭を離して振り向いた。
「俺?」
そこに立っていたのは、小学生のときの俊だった。黒い服に身を包んでいる。それは瑞樹の葬式に参列したときの服装だった。
幼い俊は虚ろな目をしてこちらを見つめている。
「おれがいけないんだ。おれがいなければ、みんながしあわせになれる」
小さな俊の悲痛な叫び。今ならわかる。自分がこのようなことを思っていたことを。
「ああ……そう、だ。そうだと思ってたよ」
「おれがしねばいいんだ」
小さな俊の手には鋭いナイフが握られていた。それを俊の首元めがけて振りかざす。
「なっめんな!」
幼い子供の力より高校生の方が力は強い。
向けられたナイフを軽々とかわし、背中から押し倒した。
「瑞樹は死んだ! でも、瑞樹は俺に生きてって言った! だから俺はっ!」
感情が高ぶり、小さな体を抑えるのには大きすぎる力を加える。
その力に始めは小さくうめき声を出していたが、だんだんとその声は大きくなる。
「うわああ!」
頭と背中を押さえつければ大丈夫と思っていたので、腕は意識していなかった。
ナイフを持つ手をひねり、その刃が俊の足をかすめた。
「いって……このっ!」
「俊くん! この夢から覚めるには、その子を倒して! その子にダメージを与えるには、魔法がないと!」
足から血が出るも、押さえつける力は変わらない。
離れた場所にいる瑞樹が、俊に向けてアドバイスを送った。
「魔法って……俺、火をちょっとやっただけだし、殴る蹴るしかできねえんだけど」
「大丈夫。僕が教えてあげるから」
「おい、危ねえから!」
瑞樹はスタスタと二人の俊に近づいていく。
ナイフがあるから危険だと言うも、その足を止めない。
そして、俊の額にに自分の額を優しくつけた。
「なんだ、これ?」
頭の中に何かが流れ込んでくる。何語なのかも分からない言葉なのに、不思議と理解できる。
白雪や片瀬から聞いたこの世界、アナザーについて。歴史だけでなく、アナザーで過ごす人々の姿。その中に白雪や片瀬の面影が残る人もいた。
「もう何が出来るのか、わかるはずだよ」
そっと離れる瑞樹。瑞樹の声で我に返った俊は、頭に浮かぶ言葉を口にした。
「アンブレイカブル!」
すると俊の体に異変が起こる。
四肢の皮膚がパキパキと音を立てながら、固くなっていく。
「あとは俊くんのお得意だよ」
「ああ!」
現実ではなくても、過去の自分を殴ることに戸惑いがある。しかし、本能が殴れと言っているので、硬化した右手で過去の小さな自分を殴りつけた。
「きゃあっ!」
小さな俊から、甲高い声が出た。先ほどまでの声とは違う、まるで女の子のような声に俊の手は止まり、思わず飛び退いた。
「いったいな、もう!」
幼い俊の姿にノイズが走るのと同時に、瑞樹にも同じノイズが走る。
「おい、瑞樹っ!?」
「よかった。俊くん、元気になったみたいだね。僕はここまでみたいだ」
「え?」
「忘れないで。僕はいつでも君のそばに」
そう言って瑞樹は光に包まれて消えていった。
幼い俊も同じように消えていき、俊は眩しい光に目を閉じた。
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