19 過去と今と③
いつになってもこない痛み。
瞳を開けると、また違う光景があった。
目の前にはスクリーンがあり、そこへどこからか映像が投影される。地面に座り込んでいることを除けば、いい映画館であるだろう。
「あっ……やめっ……。それはだめだ。それは……」
小学校の教室。小さな子供たちが教室の隅でもめている。
それは俊が小学生のときの出来事。
いじめられている子を助けたことからすべてが始まった。
封じ込めていた記憶の扉を無理矢理に開けられたようだ。
思い出したくないことを封じ込めていたのに、スクリーンに映される映像で嫌でも見せられてしまう。無理矢理記憶をこじ開けられているせいで、ひどく頭が痛んだ。
*
「いじめよくない!」
小学校一年生。純粋に特撮ヒーローに憧れており、悪い奴は倒すと正義感いっぱいの俊は、いじめられていたクラスメイトを見つけ、いじめっ子との間に立った。
「いじめるならせんせー、よぶぞ!」
「ちっ。おい、いこうぜ」
低学年のうちは先生に言いつけると言うと、すぐに去っていった。だから殴り合いになるような喧嘩になったことはない。
「あ、ありがとう……えっと……」
「おれ、はなさきしゅん! お前は?」
「ぼ、ぼく、いいだみずき」
「みずき! 遊ぼうぜ」
いじめられていたのは飯田瑞樹。周りの子よりも小さく、目元を隠すように伸びた青みがかったの前髪からのぞく目は弱々しかった。内気な瑞樹はよくいじめられていた。
いじめっ子が去り、俊が瑞樹の方を見ると、瑞樹は涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃだった。しかし、俊が手を差し伸べると、顔をくしゃっとして笑う。その日から、俊と瑞樹は仲良くなった。
休み時間も一緒に話し、放課後になれば一緒に帰った。
瑞樹は体が弱いらしく、体育の時間はいつも見学。放課後に遊びに行こうと誘っても、「ママに止められてるんだ、ごめんね」といつも謝っていた。
しかしずっと一緒にいる仲だ。二人は親友となるのに時間はかからなかった。
瑞樹の母は厳しいらしい。すべてにおいて完璧を求めてくるそうだ。できなければ怒るから怖いと言う。瑞樹は必死になって勉強をし、怒られないようにしている。テストでいい点をとるためも遊びに行くことができないと言っていた。
ある日学校で瑞樹と話していると、傷が多いことに気づいた。ジメジメとする季節なのに、長袖を着ていて時折青黒くなった肌が見えた。どこかで転んだのかと心配した俊は、どうしたのかと聞くと、なんでもないと返す。あまり聞かれたくない話なのだと思い、深入りはしなかった。だが、これがあだとなった。
小学校三年生の冬。終業式を間近に控え、冬休みを楽しみにしている時、瑞樹から告げられた。
「俊くん。僕、もう俊くんと一緒にいれない」
「え? なんで?」
「なんでもだよ……じゃあね!」
「ちょっと待って!」
雪の降る中一緒に帰っていると、突然瑞樹から言われた。走り去る瑞樹の目に涙が見えた気がした。俊の制止も聞かずに、瑞樹は家へと行ってしまった。
もしかしたら何か悪いことをしたのかもしれないから謝ろうと瑞樹に声をかけるが、答えることがなかった。瑞樹はクラスメイトの誰とも話さなくなった。俊は気にかけて瑞樹を見ていたが、瑞樹が日に日にやつれていくように見えた。
そして年が明け、三学期になると、クラスの担任から衝撃的なことを聞かされた。
「先日、このクラスの飯田瑞樹くんが亡くなりました」
瑞樹の席には白い花。クラスメイトはざわついていたが、俊だけ時間が止まったように黙ったまま動けなかった。
「せんせー、何があったんですか?」
クラスの誰かが声を上げた。すると先生は少し間をあけ、涙ぐんだ声で答えた。
「飯田くんはっ……自ら命を絶ったようです」
なぜ瑞樹が。何があったのか。自分のせいか。親友のはずなのに、何も言ってくれなかった。
頭の中を考えがめぐる。涙は全くでなかった。
それ以降の先生の話は一つも頭に入らない。ずっと何があったのかを考えていた。
そもそも瑞樹は少し前から様子がおかしかった。傷は多かったし、元気もなさそうだった。それは分かっていたのに、何もできなかった。瑞樹に何があったのか。
「行こうか」
数日後母に連れられて、瑞樹の葬式に向かった。クラスメイトや先生も、誰もが黒い服に身を包み、早すぎる別れに涙を流していた。
座席の前方では、瑞樹の母親らしき人が声を出して泣いているのが見えた。
式が終わり、母親達が立ち話をしているとき、瑞樹の母と目が合った。そして俊に近寄ると、俊を指差してヒステリックな声で叫んだ。
「あなたのせいよ! あなたがいたから瑞樹は死んだの!」
突然の大声にとっさに母に抱きついた。母もどういうことなのかわからずに、戸惑っている。
「瑞樹はあなたに殺された! この人殺し!」
瑞樹の母は地面に転がる石を俊に向けて投げつける。母は俊を守るように包んだため、俊は怪我をしていない。
外傷はないが、俊の心は傷だらけだった。
自分がいたから親友は死んだと告げられる。なら自分がいなければ、瑞樹は生きていた。自分がいなければ。自分のせいで……。
俊はこみ上げてきた感情に耐えることができず、泣き叫んだ。
そんな騒ぎを聞きつけた先生や他の参列者たちのおかげで、その場から離れることができたものの、見えない傷は塞がることがなかった。
「お母さん、俊くんから何かお話を聞いていませんでしたか?」
シーンが変わり、教室内で母と教師が話している。
「仲のいい友達だって……でも、もう一緒にいられないと言われてショックを受けてました」
「そうですか……他に何かありませんか?」
「そうですね、いつも瑞樹くんは怪我しているって。体育もしてないし、ずっと家にいるのに何でかなって話しました」
瑞樹の葬式を終えてから、俊は学校を休んでいた。ひたすらベッドで小さくなって泣いていた。
「俊くんは特に飯田くんと仲良くしていましたから、立ち直るのに時間がかかるかもしれません。メンタルケア専門院への紹介状も準備しました。必要があれば……」
「ありがとうございます」
食事もとらずに塞ぎ込んでしまった俊は、母に連れられ病院へ向かった。
「話は大体理解しました。このままでは立ち直れないかもしれません。今の技術でしばらくの間、記憶を閉じ込めておくこともできます。もしくは安定剤や点滴で対応する方法もあります。お母さん、どうしますか?」
白いひげを生やした高齢の医師は母に問う。
微動だにしない俊を心配した母は、前者を選択した。
*
俊は全てを思い出した。
瑞樹のこと、瑞樹の母親に攻められたこと。今の映像に映っていた瑞樹からの手紙は知らなかったが、他のことは全てわかった。
大切な親友のこと、なぜ忘れていたのかも。
「瑞樹……俺のせいでっ……!」
涙がこぼれる。
自分のせいで瑞樹は自殺したことを思い出して泣くしかできなかった。
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