更生―Step 2―

17 過去と今と

 片瀬と白雪が去ってから、部屋の中を調べた。

 壁際――窓がないので壁しかないが――に置いてある薄型テレビ。ここがアナザーであるならば、テレビは映るのか。その答えは否だった。すべてのチャンネルが砂嵐。どうやらつながれているデッキを使って、なんでも見てくれということらしい。しかしデッキはあれど、中に入れるものがない。そう、DVDやらなんやらはどこにもなかった。なのでテレビを使うことはできない。


「形だけかよ……使えな」


 テレビ好きな俊にとって、ただの置物となったテレビに溜息をついた。

 誰が設置したのだろう。もっとしっかり確認をしていてほしい。

 アナザーへ連れてこられたとき、俊に履かせられた靴も左右逆だった。どこか気の抜けた人がやったのだろう。もしかしたら、同じ人かもしれない。


 次に見たのは小さく古い冷蔵庫。

 俊の膝上ぐらいの高さしかないタイプだ。何があるのか中を開けて確認すると、入っていたのは見覚えのある経口ゼリーだった。


「うわ、これ絶対あの人のじゃん……あ、チョコ」


 様々な味のゼリーが入っている。このゼリーは森の中の家で見たものだ。数多くのゼリーの奥に、小さな黒い箱に入ったチョコレートを見つけた。久しぶりに甘いものを食べたくなった俊は、箱を取り出してチョコを口に含む。すると口の中いっぱいに優しい甘さが広がった。


 この部屋にキッチンスペースはないものの、浴室もあるしトイレもある。まるでワンルームマンションのようだ。テレビが使えないのは痛いが、とりあえずは生活に困らない。では、この部屋以外はどうなっているのか。片瀬達が出て行った扉に手をかけた。


「え? 開かない……鍵か」


 ガチャガチャとドアノブを動かし、扉を押したり引いたりするがびくともしない。この部屋に閉じ込められた。


「ここで待ってろってことかよ、軟禁じゃんか。……ま、いっか。風呂風呂」


 とりあえずの生活には問題なさそうだ。

 あの森の中の家で暮らしているときには、冷たい湖で体や服を洗い、ずっと同じ服を着てきた。久しく入っていない温かいお風呂に入りたくなり、浴室へと向かった。


 浴室には着替え一式がそろっていた。今来ている服と同じもの、そしてご丁寧に替えの下着までそろっていた。浴槽にはすでに熱い湯が張られていて、すぐに入ることができるようだ。自由に使っていいという言葉に甘えて、俊は湯船に浸かった。



 部屋には時計も窓もない。人工の照明がずっと同じ明るさで照らしている。

 そのため今何時なのかわからない。体の感覚だけで過ごすしかない。先ほどチョコレートを食べたおかげで、空腹は感じない。だがお風呂でリラックスできたせいか、俊には眠気がやってきていた。もしかしたら昼の時間なのかもしれないが、眠気に負け、濡れた頭のままベッドに飛び込んだ。するとすぐに夢の中へといざなわれた。







「花崎俊……お前は一体何度言ったらわかるんだ! 今日で何度目だと思っている?」


 暗闇の中、目の前には自分と、高校の教師が向かい合って座っている。周りは真っ暗なのに、二人の姿ははっきりと見えた。

 この光景は覚えている。今回の停学について、呼び出されたときだ。

 今自分がここにいるのに、まったく同じ顔の人が目の前にいることに気持ち悪さを感じた。


「はあ……」

「はあじゃない! いい加減にしろ。高校二年でこんなことがもう七回目だぞ。このままじゃ卒業どころか進級もできないし、退学の一歩手前なんだからな!」


 何度も学校に呼び出しをくらっては、退学になるぞと言われる。毎度のことなので耳にタコができそうだ。

 それにしても、自分の態度が大きいことがわかる。確かこのあとも色々言われて家に帰ったはずだ。しかし、なんだか様子が違う。


「すべてお前が悪い」


 自分のドッペルゲンガーはいつの間にか消えている。座っていた教師が立ち上がり、俊の前へと歩みよって言う。


「いつだってそうだ。お前が正しいことをしたことがない」

「お前は人を傷つけることしかできない」

「なのになんでお前は生きているんだ」


 執拗に教師は俊に向けて言葉を放つ。その言葉一つ一つが俊の胸に突き刺さった。

 思い返せば喧嘩三昧だった俊は、確かに人を傷つけることしかしてきてない。だからこそ、教師の言葉が突き刺さるのだった。


「うるさい、うるさいっ! 黙れ!」


 だんだんと近づく教師を、俊は手で払う。すると教師は霧のように散った。

 夢だった、幻だったと安心したのもつかの間、暗闇の中に取り残される俊の耳に声が届いた。


「花崎は学校になじめない問題児だ」

「ねえ、なんであの人学校に来ているの?」

「迷惑だから来るなよな」

「ほんと意味わかんない」


 教師の声だけではない。若い男女の声も響きわたる。おそらくクラスメイトの声だろう。それが誰なのかと考えるよりも胸が痛み、声を聞かないように耳をふさいだ。


「花崎俊っている? って俺、違う学校のすげー怖そうな人に聞かれた」

「他の学校の人と喧嘩したんでしょ? 相手の人、骨折して入院してるんだって」

「それ、知ってる。花崎から喧嘩ふっかけたんだって」

「入院したのが、有名な議員さんの子供らしいよ」

「まじかよ。花崎も終わりだな」

「迷惑だよな」


 声は止まることを知らない。反響しているのか全方向から聞こえ、響いている。


「違う! 違う! 俺からじゃない!」


 警察に補導されたり、学校で呼び出しされて、ちゃんと事情も説明している。しかしどの大人も聞く耳を持たず、お前が悪いんだとしか言われなかった。


「俺からじゃ、ない……俺じゃない……誰か聞いてくれよ……」


 最初は叫んでいた俊だったが、だんだんと声が小さくなっていった。

 どこからともなく聞こえる声を聞きたくなくて、耳をふさいでしゃがみこんだ。



「なあ、ちょっと金くれよ。お前の家、金持ちなんだろ?」


 暗闇の中に学生服姿のメガネをかけた少年が、一回り以上体が大きい同じ制服の少年たちに囲まれていた。

 これも記憶にある光景だ。アナザーへくる直前のことだ。学校から帰る途中にカツアゲされているのを見かけた。


「カツアゲはよくねえ。金がほしけりゃ働けよ」


 俊のドッペルゲンガーが、絡まれているメガネの少年の前に入った。


「は? 俺ら友達だから。カツアゲじゃねえし。てか無関係なやつが関わってくんなよ」

「まあ無関係なのはそうだけど、カツアゲだろ、これ」


 そう言ってメガネの少年に目をやると、うつむいているが弱弱しくうなずいた。


「ほれ、うなずいてんじゃん。カツアゲじゃん」

「ああん? わかってんのか? 学校でどうなるのか」

「あ、ちがっ……」


 大柄な男がメガネの少年に言うと、辛そうな顔で声を上げた。


「あ、こいつあれだ。ほら、何回も補導されてるっていう……」

「あー……なるほどね。また補導されたら捕まるかもな?」

「そっすね! なら……」


 急に血の気を出して、俊に殴りかかる。俊は怯える少年の前で殴りかかってくる相手と戦うしかなかった。

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