16 第三者の評価
「本題に入るぞ。質問があればその都度受け付ける」
片瀬と白雪が姿勢を正して語り始める。
「分かってると思うが、ここはアナザーだ。お前はどこまでアナザーのことを知っている?」
「どこまでって……テレビでやってるくらい? 国がなんかに使ってる場所って」
「ああ、そうだ。アナザーは国が管理する『更生施設』だ。お前も更生の必要があると判断されて、今ここにきている」
「そんなようなことが書いてあったような……」
ふと家に届いた手紙を思い出す。
そこにはアナザー、そして更生の文字があったように思える。しばらく時間があいてしまっているので、はっきりと思い出せないが。
「それだ。我々特異省が該当者に送る……赤紙のようなものだな。それが届いたらここへ連れてこられる。そして更生が終了するまで、アナザーから出ることは許されない」
「じゃあ俺は更生が終わったってこと?」
「馬鹿か。お前は重症だ。底辺中の底辺だ、最下層だ。更生プログラムには人によって何段階にも分けられる。ほとんどの者は第一段階のみで終了するが、お前には第三段階まである。馬鹿中の馬鹿だ。社会になじめない人間だ」
「は? ふざけんじゃねえ」
俊が片瀬をにらみつけるも、片瀬は動じない。
テレビで見た片瀬、森の中で出会ったオタヤ、そして今目の前の片瀬。すべてが同一人物なのだが、性格が全然違う。目の前の片瀬の性格が悪い。
「言い過ぎー。自分だって第二まであったくせにー!」
片瀬の隣に座っていた白雪が、片瀬の頬に指をさした。
むっとする片瀬は、その手をつかんでどかす。
白雪が間に入ったことで、ピリピリとしていた空気が和らいだ。
「お前はやっと第一段階が終わったところだ。お前の中で何が変わったかわかるか?」
そんなこと言われてもわからない。
腕を組み、顎に手を当てて考えるも何も思いつかない。
「……馬鹿には無理だったか? 時間は有限だ。答えを言う。お前の第一段階プログラムで更生したと判断されたのは『思いやり』だ。思い当たる節があるだろう? 言ってみろ」
「んなアバウトな……」
答えを言われてもパッとしない。
再び考えていると、白雪が手を挙げ立ち上がった。
「はいはーい! あのね、俊くんはもう最初は一匹オオカミだったんだけど、仲良くできるようになったの」
「お前は黙ってろ」
「はーい」
片瀬に言われて、白雪は口を両手で抑えて座る。
一匹オオカミ。確かに言われてみれば、今までまともに誰かと仲良くするようなことはしなかった。喧嘩相手にオラオラ言ってただけだ。
「白雪が言ったこともそうだ。ほかに思い当たること言ってみろ」
「えっと……人助け?」
アニエル――いや、白雪がゴブリンに襲われているとき、俊は立ち向かっていった。それだけではない、倒壊した家屋の中に閉じ込められてしまっている店主を助けようともした。後者は途中で終わったが。
「ああ。それは高評価だった。ほかには?」
「ええっ? まだやるの?」
さらに答えを求められる。自分が何をしたか考えても、これといって思い当たるようなことはない。普段ろくに使わない頭を必死になって動かしているので、ショート寸前だ。
それを見かねた片瀬が口を開いた。
「まあ、大方その二つだな」
「ねえのかよ!」
思わず突っ込んでしまった。考えていた時間は何だったのか。片瀬は顔色を変えずに話し続ける。
「思いやりに関しては、だ。人に聞くということをしなかったお前が、わからないことを聞くようになった。そして困っている人を自発的に助けようと動いた。今までのお前では考えられないような変化だ」
「そういうものなのか……? てか、なんでそこまで知っ」
「私が見てたの! そりゃもう、ストーカー並みに。ずっと後ろからじーって見てた! それにこの子たちも見てたからね」
白雪はウサギを持ち上げた。
かなり早い段階からウサギとは行動を共にしていた。それなら何をしていたのか知られているのもうなずけるかに思えた。
「それなら、俺がピンチのときどうにかなったんじゃ?」
思い出すのは洞窟内のこと。
一人で進んで行き、ゴブリン達にやられたことだ。白雪の言う通り、ずっと見られているのならその時にひどい怪我をすることもなかっただろう。
「うんうん、あれね。ピンちゃんがいつも見ていてくれたんだけど、まさか置いて行っちゃうなんてね。あの洞窟はまだよく調べられてないからついて行かなかったのかも。おかげで見つけるのに時間かかっちゃったのー。ごめんね?」
「ええー……」
「まさか洞窟を住処にするゴブリンがいるなんて! でもおかげで珍しい本を見つけたからラッキーみたっ……痛いですー」
ペラペラと話す白雪の頭を、片瀬が軽くたたいた。
片瀬はジッと白雪を見る。
「あ、また言い過ぎ? ごめーん」
白雪の軽い謝罪に片瀬は深いため息をついた。
「まあ、そういう感じだ。お前の行動はこの馬鹿が監督していた。怪我は最小限に、という方針だったんだが。傷跡は残るかもしれないが、もう痛みもないだろう? 馬鹿の魔法で治療してあるからな」
そう言われて腕を見る。包帯はとっくにとれ、腫れもない。しかし大きな切れた傷跡がある。痛みはないので気にしていない。
「他に高評価だった点だが、普段使わないくせに頭を使って勉強したらしいな。俺が渡した本や白雪から魔法を学んだとか」
「あの本か。読めねえよ、まじ。何なんだよ、あの文字」
「……そうだな、話しておこう。まず今アナザーに人は生活していない。なのになぜあの本があるか。それは大昔に人類が住んでいたということだろう。どこかで滅びたんだな。代わりにモンスターが自由に暮らしている」
「つまり、あの本は昔の人が書いたってこと?」
「そうだ。それを我々が解析している」
「うん? 人がいねえならなんで家が建ってるんだ?」
「お前が住んでいた家か? それとも村か? 前者は俺のアナザーでの家だからだ。後者は白雪の魔法だ。実体のあるもの、村人も白雪の魔法で作ったものだ」
あの家が片瀬の家。経口ゼリーのゴミばかりの生活感のない家が片瀬の家。
家を思い出し、片瀬の顔を見る。この人はゼリー生活をしている人物なのか。
それにしても白雪が村を魔法で作った……ファンタジーすぎて理解が追い付かない。
「一番改善が見られたのが、人に対して礼を伝えたことのようだが……」
「あれ? 俊くんがフリーズした? そうだよね、情報多すぎだよね。信じられないよね」
「すぐに全部を理解しろとは言わない。なんでも起こりうる世界だと理解しておけばいい」
片瀬のまとめで、そういうことなのかと考えることをやめた。信じがたい話だが、そういうことにしておく。
「さて、何か質問は?」
「いつになったら帰れるんだよ」
「すべてのプログラムが終了してからだ。当分は無理だろうな」
「うええええ。んじゃ、次は何すんだよ?」
「未達成の更生プログラムの内容については言えない。いつ開始されるのかも含めてな。第二段階のプログラムが終わったとき、また会うことになる」
「軟禁じゃ……」
「そう思ってもらっても構わない。元をただせば自分が悪い。自分を見つめなおせ。特に質問がなければこれで失礼する。この部屋にあるものは自由に使っていい」
「私も行くー。じゃあね、俊くん。頑張って」
片瀬は立ち上がり、さっさと部屋から去って行った。そのあとを白雪が続く。
一人残された俊は、後姿を見送っていた。
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