14 月夜に


 無事に火をともす魔法はなんとかできるようになった。

 魔法を教えるアニエルの顔は最初こそ楽しそうに見えたが、だんだんと曇っていった。

それもそのはず、何度教えても進歩しない俊に本当に魔法をちゃんと使えるようになるのが、先が見えなかったからだ。

 一向に魔法が使える気配がないときにはアニエルの笑顔も引きつっていた。その様子は俊以上に疲れているように見えた。俊は魔法について書かれている本は何一つ読めなかったが、アニエルが解説してくれたことで炎の微調整もできた。魔法が使えるようになった後、もらった肉を焼いて食べたらすぐに、疲れ切ったアニエルは元通りの元気な様子を見せていた。

 やっとの思いで身に着けた魔法を忘れないうちに使おうと、店主から食材をもらってウサギが待っている家に帰る。


 家ではウサギが帰りを待ってくれていた。家に中へ入ったらすぐに駆け寄ってくる。

 もらった荷物をドシンとキッチンに置いて中身を見た。どうも荷物が重いはずだ。店主は食材の他にも調理器具も入れてくれたようであった。

 フライパンに菜箸やフライ返しも入っている。それだけではなく、お皿にカップに箸、スプーン、フォーク……必要なものが全て入っているようだ。どれもこれも、使い古した感じがしない。俊の自宅で使っているものと何ら変わりないように感じた。

 これで焼くこともできるし、食べることもできる。店主に後でお礼を言いに行こうと決めた。

 強すぎないように注意しながら、練習した魔法で火をつけて調理を開始する。


 自分で――というよりウサギが捕らえた魚を軽く洗い、フライパンへ。油はないので焦げてしまうが、そこは我慢だ。とりあえず食べてみたい。


「もういいか。ほれ、やるよ」


 俊は焼いた魚の一匹を菜箸で掴み、ウサギの目の前にやる。クンクンと匂いを嗅ぐウサギ。そしてパクッと食べた。小さなウサギでも一口で食べきることができるほど小さい魚だ。俊はスナック感覚で食べる。


「うーん、味がないなあ……」

「キュ!」


 ウサギにはおいしかったのか、さらに要求してくるので最後の三匹目の魚をあげた。

 小さな一匹の魚では俊のお腹は満たされない。腹を満たすために、もらった食材を使って食事を作ることにした。ほとんど一人暮らし生活をしていた俊には、料理の腕はある。料理できなければ、食費がかかってしまうから仕方なく身に着けたものだった。

 そのおかげもあって、この日から食事が華やかなものとなり、栄養の偏りも少なくなった。






 何度も村に行くうちに村人と仲良くなり、食事には困らなくなった。

 困っているのは、ここが「アナザー」であり、「更生」しなければ出られないということ。別に今の生活が嫌な訳でもないが、ゴブリンやミノタウロス、その他危険な生き物がいるであろう世界で長々と暮らしていたくはない。できれば帰りたいけど、どうしたものかと困っていた。



 そんなある日の夜。空を見ると、真っ赤な月の光があたりを照らしていた。

 月が赤くなるのは、ニュースでもやっていたから知っている。しかしそれとは比にならないぐらいの赤、血のような赤色だ。そんな空に得体のしれない恐怖を感じた。


「……キュウ……」


 ウサギの様子がおかしい。いつもなら家の中をピョンピョンはねては壁にぶつかったり、俊に体当たりしてくる。今日は部屋の隅、赤い光が届かないような場所で小さくなって弱弱しく鳴いた。


「なんなんだろうな……外に出ないで、寝るしかないか」


 夜間の外出はもともとしないが、今夜は特に出かけない方がいい気がした。

 いつもはソファーで寝ている俊だが、何だが不安なので、小さくなっているウサギの隣で寝ることにした。





 翌朝はいつも通りだった。

 雲一つなく青い空。そこへ太陽がさんさんと輝いている。湿度も高くなく活動しやすい気温だ。ウサギも起きたらいつも通りに元気そうだった。

 昨日の月はいったい何だったのか疑問に思ったので、村へ聞きに行くことにした。



「え? 嘘、だろ……?」


 目の当たりにしたのは、いつもと違う村。

 壊された家屋。形をとどめている家が一つもない。こうこうと燃える炎があらゆるところで見える。

 頭がよくない俊でも、この光景からわかるのは村が壊滅状態であるということだった。


 焦げ臭い匂い。家が燃えているせいだろう。炎のせいで熱い。

 誰かいないかと、一番近いアニエルの家へ向かって走る。

 しかし、アニエルの家があったその場所には家と思われる残骸しかなかった。


「なっ……!? おい、アニエル! どこだ!? アニエル!」


 俊が叫ぶも答えは返ってこない。

 がれきとなっている家の残骸の隙間から覗くが人気はない。

 もしかしたらつぶされているかも。そう思って動かせそうながれきをどかして進む。見覚えのあるテーブルやベッドの残骸は見つけることができたものの、アニエル本人の姿はなかった。

 残骸をどけながら探して二十分ほどたってから、どこかに避難したのかも、他の人に聞いてみようという考えに至った。そしてすぐに違う場所を探しに行く。

 どこもかしこもつぶれた家で、人がいない。



 しばらく歩いて移動する道中で、どこからか声が聞こえた。

 きょろきょろとあたりを見る。声が聞こえたのは倒れた家屋の中からだった。


「誰かいるのか? どこだ!?」

「ここだ……助けてくれっ……」


 手を地面につき、家屋の中を覗き込む。そこには人の手が見えた。

 わずかだがその手は動いている。


「大丈夫か!? 動けないのか?」

「ん……? その声……俊か?」

「そうだけど……うん? あれ、ここって……」


 アニエルの家の位置から推測するに、ここはあのなんでも売っている店の場所だった。ということはこの声の主は店主である。


「おっちゃん! ちょっと待ってろ。今出してやるから!」

「俺はおっちゃんじゃねえ……」

「そんなこと言えるなら、まだいけるよな! 今上のやつ、どかすから待ってろ!」


 俊は邪魔になっている屋根の一部を持ち上げようと手をかけたその時、確かにつかんだ屋根の質量がなくなり、家屋の残骸が光に包まれた。そして村が消えていく。村を包んだ光が消えると、その場所はただの拓けた空き地となった。


「おっめでとーう!」


 俊の後ろから聞こえる明るい声。それは最初、探しに行ったアニエルの声だ。

 ハッと驚いて振り向くと、そこにはいつも通りのアニエルが後ろに手を組んで笑顔で立っている。


「おめでと、俊くん! お疲れさまでーす!」

「へ? は? って……それより、村! 村がっ!」

「うんうん、村が大変だったね。でもね、あれは実は魔法でできた村だったのです!」


 どうだ、と言わんばかりにアニエルは胸を張った。

 俊は何一つ理解ができなかった。

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