13 魔法の使い方
後は平凡――アナザーにいる時点で普通ではないが――の生活を送った。
アニエルとのお茶の後に家に戻ると、ウサギは本の上に乗って俊の帰りを待っていた。
俊を見つけたウサギは、嬉しそうに駆け寄って俊の胸に飛び込んだ。ウサギは俊の顔に頭をすりつける。そして「キュウキュウ」と甘えるような声を出した。
洞窟の前に置き去りにしてしまったウサギ。寂しくさせてしまったのだろう。心から信じてる訳ではないが、ウサギは寂しいと死ぬという話も聞いたことがある。
何はともあれ、互いに死んでいなくてよかった。
優しくウサギの体をなでるとまた嬉しそうな声をだした。
しばらく日を開けてから、忘れかけていた湖に仕掛けた罠を確認した。
中には小さな魚が三匹入っている。食べられる魚なのかどうかは、本で調べた。どうやら食べることができるようだが、生で食べることができるほどの勇気はない。それに小さすぎて、とてもじゃないが捌く大きさではない。となれば焼くしかない。しかし、釜はあれど火種がない。原始的に何やらすれば火がつくかも知れない。だがやり方がわからないので、村に着火剤かなにかを借りに行くことにした。
「こんちゃーっす」
「よう、今日はどした? 飯か?」
何度か村に行くうちに、村人とは顔なじみになった。
俊の姿を見かけると、気さくに声をかけてくる。今声をかけてきたのは、露天で肉をくれた店主だ。祭りのときは露店を出し、いつもは商店をやっているらしい。肉や魚、パンなど食べ物に限らず衣類やその他雑貨類も扱っており、ここに行けばほしいものはそろうとアニエルから聞いていた。
「飯作ろうと思って。魚採ったから焼きたいんだ。釜はあるんだけど、火がないから。なんか使えるのない?」
「自炊か。ちなみにどんな魚採ったんだ?」
「えーっと、こんぐらいの大きさの小さいやつが三匹……」
魚の名前なんてわからないので、身振り手振りで採った魚を説明した。
それでも村人は理解したようだった。
「そんなんで育ち盛りのお前が足りるかよ! ほれ、これも持ってきな!」
村人は何やら段ボールの箱にごちゃごちゃと詰める。ミカン箱ぐらいの大きさの箱いっぱいに、肉や魚、パンを詰めて渡してくれた。そして最後に一冊の本を渡される。
「何、この本?」
「何って炎魔法の指導書だが?」
「ホノオマホウノシドウショ」
「おいおい……知らないのか? まさか魔法使ったことないとか言い出さないよな?」
「ない」
あちゃーと店主は頭を抑えた。
オタヤやアニエルが魔法を使った場面には出くわしている。なので、魔法が存在することはわかったが、自分には使えない。使い方すら知らない。
「参ったな……俺も教えるのは得意じゃないんだよ。そうだ、アニエル嬢に聞きな。教えるの上手いし、色んな魔法を使えるからな。魔法使えるようになるまで、こいつはとっとくよ」
店主は一度俊に渡した箱を回収する。
指導書だけをポンと俊に渡した。
「腹減ったら勉強もできないよな。これ食ってけ。嬢の分もな。自分で焼けよ」
手渡されたのは二本の串に刺さった肉。祭りで食べたのと同じものだ。しかし焼かれていない生である。しっかり包んでもらった。
「さんきゅー、おっちゃん!」
「俺はまだおっちゃんって呼ばれる年じゃねえ!」
肉を受けとった俊は礼を伝えて軽快に次の場所へと向かった。
「んちゃーす」
建物の扉を開けると、独特な匂いがした。何度も世話になっている医療施設。どうやらアニエルが治療を担当しているらしく、ここに住んでいるようだ。この匂いは何かの薬なのだろう。
「こんにちはー。今日はどうしたの? どっか痛い?」
「今日は違くて、このほ……」
「あー! 懐かしい! これ私も使ってた!」
相変わらず食い気味に話すアニエル。しかし俊ももう慣れたものだ。
「教えてもら……」
「うんうん、教える! 意欲があってよろしい! これ、簡単だからきっとすぐにできるよ! やろやろ!」
何かの紙や、匂いを発していたであろうものが入った壺が散乱していたテーブル。それをざっと端に置いて、ある程度のスペースを確保した。
「魔法を何に使いたいの?」
「火おこし」
「おっけ! それなら……あったあった。この魔法かな。お手本見せるね」
パラパラとページをめくってあるところで止めた。
アニエルはどこからか白い太いろうそくを持ってくる。直径が太いろうそくは、支えがなくてもテーブルに立った。
「その本にのっとってやってみるねー。いくよー?」
アニエルは続いて目を閉じ、口を開いた。
「火の精、先を照らせ」
そういうとボッとろうそくに赤い火がともった。
一連の流れを見ていた俊だが、目の前の明かりに驚く。
「こんな感じ! どう? 簡単でしょ?」
「簡単じゃないだろ……どういう仕組みだよ」
「うーんとね、目には見えないけど、妖精がいて、その子たちにお願いする感じ?」
「は?」
「だーかーら、妖精さんおねがーいって」
アニエルはろうそくに息を吹きかけて消す。
「いっぱい練習して、いろんな妖精さんと仲良くなればこんなこともできるよ。せーの、ぽーいっ!」
アニエルの声で、ろうそくの色がみるみる白からピンクへと変わり、灯った火も赤ではなく黄色であった。
「は? え?」
「ピンクってかわいいよね」
「いや、そういうことじゃなくて」
火は赤、もしくは青だと思っていた。しかし目の前には黄色い火。それに白からピンク色へと変わっていく姿には理解ができない。
「まあこれはできなくても大丈夫。ささ、火をつけてみよう!」
再び息を吹きかけて消す。黄色の火は消えたが、ろうそくはピンクのままだった。
やれと言われても、はいとできる訳がない。アニエルとろうそくを交互に見るが、どうしたらいいかわからない。
「ろうそくに指さして、はい、りぴーとあふたーみー」
「おう」
「火の精、先を照らせ」
「火の精、先を照らせ」
ろうそくに何も変化はない。
「ん? みんなこれはすぐできるはず……もう一回!」
「火、火の精、先を照らせ」
何度繰り返しても変わらない。一向にろうそくに火がともることがなかった。
「はあはあ……」
何十回やっても火がつかない。
アニエルも苦笑いしている。
「俺無理……」
「そんなことないよ! できるって!」
「なんかコツとかないの?」
うーんと腕を組んで考えるアニエル。きっとアニエルはなんとなくでできてしまうタイプなのだろう。店主の教えるのがうまいという話だったが、何をもってそう言えるのか。
「もっとこう……お願い? みたいな?」
「お願い?」
「火をつけて、お願い! って」
「んなアバウトな……」
「いいからやるっ!」
急にスパルタになったアニエル。目を閉じて自分なりの「お願い」をイメージする。
「火の精……先を、先を照らせ」
「お、おおおおお?」
ゆっくり目を開くとろうそくに火がともっていた。
アニエルのお手本のような火ではなく、もっと力強く大きな火がろうそくを燃やし尽くさんとばかりに燃えている。
「づいだ、よがっだ……疲れた……」
「すごい! 俊くんは力の子に好かれてるかもね! でも火の子には嫌われてるかな? ちょっと強すぎるから消すね!」
そう言うとアニエルはろうそくに手をかざす。すると冷気がろうそくを包み、一瞬で消えた。
「俺の労力……」
「あはは! まあ、コツはわかったでしょ? ちょうどいい火をともせるようになったら今日はおしまいにしよっか」
一瞬で俊の労力は零となった。
しかしアニエルが火を消すのもわかる。あまりにも強すぎる火が何かに燃え移ったら大変だからだ。
俊がベストな火をともすことができるようになったのは、そこからさらに四時間たってからだった。
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