12 うなされ、冷まされ

 早朝。窓からはわずかに太陽の光が見えたことで何となくの時間帯がわかった。

 そんな朝に、俊は高熱でうなされていた。どうしてこんなに熱が出ているのか、俊にはわからない。今まで風邪すらひかない健康優良児で、怪我もツバをつけとけば治ると思い込み、病院になんて行った記憶がない。いつも保健室か家か、どちらかでしか手当てはしていない。

 そんな健康児の俊にとって、この熱にどうしたらいいのかもわからず、ひたすらベッドでうなされるだけだった。


 どうやら体には包帯がまかれているようだ。その包帯だらけの体は思うように動かすことはできない。特に足には固定するために何かがついているようだ。曲げることもできず、つるされているようだった。

 熱のせいで視界が歪んでおりよく見えないので、体の感覚だけが頼りだ。


 ――……誰か助けてくれ。

 超能力者でもなんでもない俊が、心の中で叫ぶももちろん誰もこない。

 まだ早朝だ。起きている人も少ないだろう。

 弱々しい力でシーツを握って、ひたすら苦しさに耐えることしかできなかった。



「おはようございまーすっ……お体はいかがですか……?」


 目が覚めてからしばらく経って、アニエルが静かに扉を開けて入ってきた。

 顔を真っ赤にし、虚ろな目をしてぜいぜいと息をする俊の額に手を当てた。


「うーん、熱がすごいですねー。いっぱい怪我しちゃったから、悪い菌が入ったのかな? とりあえずタオル持ってきますねー」


 パタパタと部屋から去ると、ものの数分で戻ってくる。水で濡らしたタオルと袋に入った氷を俊の額に乗せた。

 ひんやりとした氷が、とても心地よい。すぐに熱が下がる訳ではないが、気休めにはちょうど良かった。


「足は痛い? 腕は? そうそう、頭も切れてたんだけど、そこは……うん、若いからいいね! もう大っきなカサブタだ。あ、うるさい? それね、よく言われるー」


 アニエルの声が頭に響く。熱のせいもあって頭によく響いて痛い。頼むから黙ってくれと思いながらアニエルにされるがままとなった。


 アニエルは手慣れた様子で、俊の血がにじんでいる包帯を変えていく。その間も何か話していたようだが、もうろうとする意識ではうまく聞き取れない。



 *


「眠ったかな? うんうん、眠ってる」


 俊が眠ったことを確認したアニエルは、部屋の扉を開けた。そこに立っていたのは俊が森の中で出会ったオタヤだった。

 オタヤは部屋に入ると、眠る俊の顔を見てため息をついた。



「すごい出血したようだが……監督不行き届きじゃないのか?」

「そんなことないですー。ちゃーんとが見ていてくれたよ? 怪我だって魔法で回復は早いもーん。知ってるでしょ? でも予想以上に早いけど。いっぱい怪我しちゃったけど俊くん、お手柄だったんだよ?」

「あの古文書だろ? 確かにまだ発見されてなかったものだが」


 オタヤの手には俊が洞窟で拾った古びた本があった。


「それ! もう読み切ったの? 流石にまだだよね。ちらっと見たけど、わかんないとこいっぱいだったし。そうそう、俊くんボコボコにしてた喋るゴブリンがね、すごくおこだった」

「まったく、日本語は正しく使え。……報告書を見たが、ゴブリンが人の言葉を話すことができたんだってな。だがそれもお前が凍りづけにしたせいで、詳しくはわからない。今回はやりすぎだぞ」

「むー。だって大ピンチだったんだもん。氷に閉じ込めても、ここにいる偉大な先輩が頑張ってくれると思ってー。手が足りないなら、お暇な金ちゃんにでも手伝って貰ったらいいんじゃないかな?」

「その言い方……。あいつ、何だか知らないが怒ってたぞ。後で謝れよ」

「やーだもーん」


 アニエルはふいっとオタヤから顔を逸らした。

 オタヤは再びため息をつき、頭をかかえるもすぐに口を開く。


「そういえば、お前はこいつに俺の家を自由に使っていいって言ったんだよな? 帰りたくても帰れないぞ、俺が」

「いいじゃないですかー! いつも帰ってないし、テレビのお仕事は当分ないんだもん」

「それもそうだが……というか何で俺のスケジュールを知ってるんだよ。伝えてないはずだが」

「ふっふっふ! この私にかかれば先輩のスケジュールなんてお見通しなのでーす!」

「はあ……。その勢いのまま、監視を続けろ。ああそうそう、万が一、こいつが逃げるようなことがあれば……わかってるよな?」

「うふふっ。その時はその時だよね」


 俊には二人の声が聞こえていない。

 それをいいことに二人は散々話し合って一緒に部屋を去って行くのだった。



 *


「ううっ……」


 もぞもぞと体を動かす。わずかに体は痛むが、思うように動かすことができた。

 息苦しさはない。ただ、汗がべたついて気持ち悪い。

 ベッドから体を起こす。腕や足、そのところどころに包帯が巻かれていた。だが、足も軽い。動かすたびに痛むが耐えられる程度だ。



 自分の体を見ていると、グウとお腹が小さく鳴った。

 喉も渇いている。体は動かせる。ならば水を頂こうとゆっくりと部屋を出た。



 階段を降りていくと、アニエルが何やら書類を纏めていた。

 俊に気づいたアニエルは書類をさっと片付け、引き出しにしまった。


「お目覚めですね。もう歩けるほどなのか! 若いと回復も早いみたいですね、なるほどなるほど」

「あ、うん……」


 俊に走り寄るアニエル。

 アニエルはまじまじと俊を観察する。


「うん、骨も大丈夫そうだし、皮膚もくっついてるかな。もう家に戻っても大丈夫だよ」

「あのっ……」


 そう言ってアニエルは振り返って離れる。

 しかしその足を俊の言葉が止めた。


「ん? どうかした?」

「いや、あの、その……」

「んん?」


 どうやって言ったらいいかわからない。

 言いたいことはあるのに、なかなか言葉に出来ない。

 二人の間に沈黙の時間が過ぎていく。


「えっと……その……あ、ありがとう。助けてくれて。アニエルが来てくれなかったら、俺、あそこでボコボコにされてるところだった」


 アニエルは静かに聞いている。


「昨日も手当てしてくれたし、飯までもらったのに何にもお礼してなかった。今までこんなことされたこともなかったし、俺を見てくれる人なんて……っていうかそうじゃなくて」


 乱暴に自分の頭をかく。

 うまく伝えられないことがもどかしい。


「つまりだ! つまりは、えーっと……あれだ! ありがとうございました!」


 俊は腰を九十度に曲げて、頭を下げた。


「うふふっ! 頭を上げて! 俊くんから初めて名前呼ばれた! 嬉しいなぁ。お礼だなんて……当たり前のことだよ。人が困ってたら助ける。みんな助けあっていくものでしょ」


 アニエルを見るとニコニコしていた。


「いやあ、俊くんも成長したね! なんだかそんな気がするよ。あ、時間ある? いい茶葉もらったの。よかったら、お茶でもどうぞ」


 その言葉に頷いた俊は、アニエルが指し示した先にあるイスに座った。

 アニエルは奥の部屋に行き、ティーカップを揃えて戻ってくる。


「紅茶でもいい? まあ、それしかないんだけどね」


 そう言って俊の前に、綺麗な赤い紅茶、さらにクッキーを一緒に置いた。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 甘くないが、美味しい紅茶。甘いクッキーと一緒に食べるとちょうどいい。


 アニエルの一方的な話を聞きながら舌鼓を打った。

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