11 暗闇の襲撃

 暗闇の中、不安だけが募っていく。

 このまま誰もこなかったらどうしようか。ここで死んで骨になるのか。せっかく魚を捕る罠を仕掛けてきたのに結果を知りたい。そもそもアナザーでの更生って何だったんだ。

頭の中をいろいろな考えが通り過ぎていく。


「馬鹿だなあ、俺。もっと人の話を聞けばよかった」


 まだ足も痛むので無理に動かすこともできない。せっかく昨日はおいしいものを食べて、生活を改めようとしていたのにこれでは無駄になってしまう。


 何もすることがない暗い洞窟内。わずかな鉱石の光をライトに、読めない本のページをめくった。

 文字だけではない、絵も多く書いてある。絵だけで内容を理解しようとチャレンジした。しかし、そんなに簡単な訳がなかった。やはり本は苦手だ。眠気がすぐにやってくる。暗闇がすぐに眠りへといざなった。





「うっ……いたっ」


 体の痛みで目が覚めた。体を動かそうとしたが、紐か何かで縛られているようだ。手は後ろに回され、両足もきつく縛られている。動かそうにも縄が食い込むだけだ。


「ギ、ギザ……キサ、マ?」


 声がした前方へ目をやると、こうこうとたき火が燃えている。そしてその前に耳のとがった緑色の生き物がいた。アニエルを襲っていたゴブリンに見た目はほとんど同じだが、牙が生えており、もっと大きい。たき火の奥には見たことのあるゴブリンもいる。


「キザマ……ボンヲ、トゴデミヅケ? タ?」

「は?」

「ホン?」


 大きいゴブリンの手にはくぼみに落ちたときに拾った本があった。


「ああ、それは拾った……つか落ちてた。俺読めないし」

「ウゾ、ヨカナイ」

「いや、嘘じゃねえし。あそこに落ちたとき拾ったんだよ」


 ゴブリンたちは互いに顔を見合わせる。そして小さなゴブリン達が棍棒片手に俊に寄ってくる。


「おい、何する気だよ」

「ウゾヅギ。イ……イウマデヤメルナ」

「グギイ!」


 身動きをとることができない俊をゴブリンは棍棒で殴る。

 手も足も出ない俊はサンドバッグになってしまった。


「げほっげほっ。……おえっ」

「ギイイ!」


 棍棒で頭、背中に足――全身をたたきつける。何度も何度もたたかれているうちに、痛みの感覚が麻痺してきた。

 酷い痛みに、意識を手放せたらよかったものの、はっきりと意識を持っている自分が憎い。


「オマエ、ナニジギタ?」

「用なんてねえ……たまたま来ただけだ」

「……ウゾ。ニンゲン、ウゾ」

「だから嘘じゃねっ……げほっ」


 口の中を切ったようだ。せき込むと口から血を吐き出した。地面には吐き出した血以外にも赤く血がついているところがある。ここで血を流しているのは俊だけだ。どこかから血が出ているのだろう。しかし、感覚が鈍くなっており、それがどこだかわからない。


 咳き込む俊の髪を乱暴につかんて頭を持ち上げたゴブリンは俊の顔を覗き込んだ。

 そして何を考えたのかそのまま地面に勢いよく押し付けた。


「ニンゲン、キエタ。オマエ、ナンデイル?」


 石が多い地面。強く押し付けられ声すら出せない。


「ホロビ、ヒト」


 何度も何度も地面に顔を押し付けるゴブリンに、なすすべないまま耐えるしかできなかった。





「あれれ? なんだか見覚えのあるゴブリンじゃないかな?」


 薄れゆく意識の中、聞き覚えのある声が聞こえた。瞼が腫れているのか痛くてあまり開けない。しかし、わずかに見えた姿で確信を持てた。

 どこか子供のようにはしゃぐ声、そして赤い髪の少女。まぎれもないアニエルだ。どこから来たのかわからないが、のんきにたき火に手を伸ばして当たっている。


「俊くん! 昨日ぶりだね? こんなに血を流しちゃって……そんな姿もかっこいいけどね? でもやりすぎだよね。痛いよね。何も悪いことしてないのにおかしいね」

「ニンゲン、フエタ」

「ん? 人の言葉を理解する子はいたけど、まさかしゃべれるゴブリンがいるなんて! ねえねえ、なんでしゃべるの? しゃべらないでよ」


 アニエルはゴブリンが寄ってくることを気にも留めず、話し続ける。


「しゃべるなんてねえ。どこで言葉を知ったの? 他の言語はしゃべれるの? ねえ、ゴブリンにはしゃべることができるような器官はなかったよね? 進化? まあいいや。今どいてくれるなら許してあげるよ?」

「ニンゲン、ヤレ」


 大きいゴブリンの指示に小さいゴブリンがアニエルに襲い掛かる。動けない俊には助けに行くこともできない。危ないと思わず目をつむった。


「凍てついちゃえ! どーん!」


 そう言ったアニエルの足元から氷が続き、全部で三匹いたゴブリンが氷の中に閉じ込められていた。冷気が辺りを包み込んでいるが、たき火は燃え続けている。


「悪い子はおしおきだー。ね、俊くん?」

「いや……あの」


 ここまで力があるのなら、昨日俊がアニエルを助けなくてもよかったのではないか。自力でどうにかできるだろう。


「痛いよね。血だらけだもんね。早く戻ろうね。でもこれをどうにかしないとな。だけどこれをちょちょっとやっとかないと……あ、これは秘密? 俊くんはしばらくお休みしてようか」


 アニエルのつぶやきを俊に理解することはできなかった。すらすらと話すアニエルをぼんやりと見ていただけ。そして横たわる俊に近寄り、ゆっくりと目に手をかざした。その直後の記憶はなにもない。




「そうですー。さすがにまずいかなーって。うんうん、そうそう。でねでね、氷に閉じ込めちゃった。金ちゃんには無理かもしれないけど先輩ならどうにかしてくれるもん。うん、だからよろしくねーばいばーい」


 アニエルの声で意識が戻る。誰かと話していたようだ。意識は戻っても体は動かないし、左目しか見えない。どうやら包帯がまかれているようで、右目はふさがっている。


「あ、起きた。ねえ、痛い? 血止まってるよ。体中痣いっぱいになってたよ。だから包帯グルグルのミイラになっちゃった。それにしてもひどいよね、動けないようにさせてぼこぼこにするなんて。あの時のゴブリンだよね? なんでこんなことになったの?」


 質問が多い。どれを答えるべきか。


「ほ、ん……」


 思ったよりも声が出なかった。喉がイガイガする。

 小さく枯れた声だったが、アニエルはしっかりと聞き取っていた。


「本ってこれ? こんな難しい本、どこで見つけてきたの? この本をゴブリンがほしがってたってこと?」

「ど、くつで」

「あの洞窟? おかしいな、前に調べたときにはこんなすごい本はなかったはずだけど……。そういえばすごい地響きがして、中の道が変わってたんだけど、それは俊くんがなにかしたってこと? 行動力あるね」


 食い気味で話すアニエル。思うように離せない俊は何も言えない。


「痛いもんね、今日は帰るね。ゆっくりしてて。またね」


 思い出したようにアニエルはそそくさと立ち去った。俊は重い瞼をすぐに閉じた。



 ――あ、ウサギおいてきた。

 再びウサギを放置してしまった。そして一緒に辞書も。

 雨が降ったら濡れてしまう。賢いウサギだから雨宿りしたり、本も濡れないようにしたらいいか考えて動いてくれるだろうが、申し訳ない気持ちになった。

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