10 栄養バランス

 以降は栄養に気をつけるようになった。

 とは言ってもどんな食べ物にどんな栄養があるのかなんてわからない。ただ、木の実だけではバランスが悪いことはわかる。

 木の実以外に何があるか。それを教えてくれるのはオタヤに貰った本だった。


 木の実についてだけ食べられるかどうかを調べる辞書として使っていたが、この本には魚やキノコなど他に食べられるものが書いてある。そのため、本を片手に魚がいるであろう湖へ向かった。



「さて、どうするか」


 湖まで来たのはいいが、どうやって魚を採るか。

 裸になって潜っても手づかみで捕まえることは無理そうだ。それにもし、表面に毒があったり、噛みついてくるような魚がいたら危険だ。潜る案は却下される。



 考えていると、ウサギが何かを加えて俊の元へ来た。俊はしゃがんでその加えているものを見てみる。それは丈夫そうな蔦。釣り竿でも作れと言うのか。ウサギの指示で。


 しかし、とりあえず作る。

 釣り竿といえば竿は大きくしなるし、糸の先には針と餌が必要だ。今目の前にあるのは、丈夫そうな枝に、蔦を付けただけのもの。これでは魚は来ない。


 俊が頭を使っている横で、ウサギがどんどん蔦を持ってきては、器用にくわえたり、短い手を使って編み込んでいる。俊よりもウサギの方が頭がいいようだ。これもアナザーだからだと言うことにしておき、俊はウサギを見ていた。


「キュウ……キュ!」


 時間をかけてウサギが作ったのは、入口は狭くなっている罠だった。使った蔦は丈夫なので、小さい魚では蔦を切ることはできないだろう。上手い具合に、編み目の隙間は小さくなっており、そこから逃げ出すこともできない。まさに魚を捕るための罠だ。


「お前天才かよ」


 ウサギが作った罠を手に取り、隅々まで見ていると、ウサギが湖に近づいていく。そして岩が比較的多い場所で立ち止まった。


「置くの?」

「キュン!」


 罠を岩の隙間に置く。流されないように気をつけながら。

 すぐに魚が手に入るとは思っていない。このままここにいても仕方ないので、湖の周りを探索する。



「あ、洞窟」


 近くの崖には洞窟があった。

 まだ太陽は昇っている途中だ。今この洞窟に行って戻っても、夕方ぐらいに戻れるだろう。根拠のない自信を持って、洞窟の中へと足を進めた。


「キュウ!」


 ウサギは着いてこない。明るい入口で、まるで行くなと言わんばかりに鳴く。


「大丈夫だって。ほら、明かりもあるし」


 俊が指さしたのは岩から生えたキノコ。暗い洞窟内で青白く光を放っている。それ以外にも岩が光っていたり、地面の細かい石が光っているので足下は照らされている。


「あ、この本は置いてくからここで待ってろ」


 ウサギの前に本を置き、洞窟の奥へと歩みを進めた。





 洞窟の中をしばらく進んで行くと、道が二手に分かれた。右の道は広いが、左は狭い。歩きやすそうな右へ進む。


「うわっ」


 バサバサと何かが飛んだ。コウモリみたいな生き物がいるのだろうか。

 しかし、コウモリのような生き物とは別に、何かの視線を感じた。

 振り向いても何もいない。しかしどこからともなく、視線を感じる。

 俊は恐る恐る足を進めていく。


「何だろ、これ……」


 薄暗い中、自然物とは明らかに違う出っ張りが側面にあった。岩とは違って綺麗な長方形をしている。自然でこんなに綺麗な桁違いできるとは思えない。


 一体何だろうと触れたときだった。


 ――ドゴゴゴゴ。

 地面が音を立てて揺れている。大きな揺れで立っていることができずに、俊は膝をついた。

 このまま揺れによって、洞窟が崩れて出られなくなったら困る。いや、困るどころか危機だ。慌てて戻ろうと振り向くも、既に岩が道を塞いでいた。


「まじかよ……戻れない」


 元来た道は使えない。ならば前へ前へと進むしかない。

 うかつに触ったことでこうなったのかもしれない。むやみやたらに触らないように進む。

 今までは足下に光を放つものが何かしらあった。しかし揺れによって岩が崩れたことで、明かりを灯すものの数が減ってしまった。一層と暗くなった道を歩む。


「ぐっ……うわぁぁぁぁ!」


 足下をよく見ていなかった。

 進んだ先は、滑り台のように斜面になっており滑り落ちた。でこぼこの地面にお尻が当たって滑ったので、痛い。とても痛い。そして右足をくじいた。そっちも痛い。


 砂埃をはたいて滑り落ちた場所を見た。

 五メートルぐらい滑り落ちていた。上に上がろうにもつかめる場所もなく、足をかける場所もない。先に進もうにもここはくぼみだ。上がれなくてはどうにもならない。


「やばいじゃんか。ウサギの通りに来なきゃよかったかも……」


 何もすることができない。ここで干からびて死ぬしかないのか。そんな死に方かっこ悪い。何か脱出できないかとあたりを見渡すと、乱暴に開かれた本が落ちていた。


 ――触ったら床が抜けて落ちたりしないだろうか。

 そんな不安もあったが、本に罠がかかっていて、床が抜けるのはないという考えに至るまで十分かかった。びくびくしながら本をとる。

 光が少ない中で本を読むことはできないが、表紙の文字の形は見えた。日本語ではない、おそらくこの世界の言語なのだろう。家にあった本よりもボロボロだ。



 ――ザッ、ザッ……。

 何かの足音が聞こえる。足音だけではない。何かを引きずる音も聞こえる。

 俊はくぼみの隅、一番暗い所へ静かに移動して息を殺す。

 その間にも足音は近づいてくる。


「カタカタ……」


 姿が見えた。

 人の骨が剣を引きずって歩いていた。俊が落ちたくぼみの上に立ち、向かい側へと大きくジャンプして飛び越えた。そしてまた歩いていく。


 バットや小さいナイフなら、喧嘩のときに相手が持っている場合もあったが、剣を持った相手なんて出会ったことがない。それこそ漫画の中でしか見ないものだ。それを相手に立ち向かえない。


 骨が進んだ先は行き止まりになってしまっているはずだ。そこからまた戻ってくるかもしれない。俊はずっと息を殺すして立ち去るのをひたすら待った。


 思った通り、骨は戻ってくる。同じようにくぼみを飛び越える。俊に気づくことなく過ぎ去った。


「ふうー……」


 足音がどんどん遠くなり、聞こえなくなったとき大きく息を吐く。心臓の鼓動がまだうるさい。

 一難去ったが、脱出できていないのは変わらない。滑り落ちてから少し時間が経って、足が痛くなってきた。


「あ、薬……」


 オタヤに持っていて損はないと言って渡された壺入りの薬を思い出した。たしか痛み止めだと言っていた気がする。今の足の痛みに使えるはずだ。

 ガサガサとポケットの中から小さな壺を取り出して痛む箇所に塗る。独特な匂いもするが、塗った場所はひんやりとして気持ちがいい。だんだんと痛みが引いていく。


 人の言うことは聞いてこなかった俊は初めて、人の言うことも素直に聞いて役立つこともあるんだなあと学んだ。そして、薬をくれたオタヤに心の中で感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る