09 祭り
――て。起きて!
体をゆすられ、大きな声に起こされた。
俊の体をゆすっていたのはアニエル。その瞳と目があうと、アニエルはパアっと顔が明るくなった。
「点滴も終わりました。何か作ってこようとしたんですけど、失敗しました! でもせっかくだから食べてもらおうと持っていく準備をしていたら、みんなに止められてしまいました!」
「そうとうやばい料理だったんじゃ……」
「そんなことないんですけどね? どうしよっかなーって思ってたら、今日はお祭りだったんです! だからほら、行きましょう?」
窓の外を見ると、すっかり日は沈み、星空が見える。
しかし窓の下の方は明るかった。
「ささ、早く早くっ」
「え、ちょっと……靴が」
アニエルは俊の手を引く。点滴はすでに撤去されているが、靴を履いていない。左手を引っ張られたまま、ベッド横にあった自分の靴を履く。
「いきましょー!」
最初こそ、アニエルはお嬢様のように丁寧な動作だったが、今では小さな子供のようにはしゃいでいる。
祭りに誘われ、断る理由がないので引っ張られるまま、アニエルについていくことにした。
外は人でにぎわっていた。
鮮やかなライトがかざられており、露店が並んでいる。文字が読めないが、売っているものを見るとおいしそうな食べ物ばかりが並んでいた。
「今日は年に一回の神様に感謝するお祭りなんです。一年を元気に過ごせたことを神様に感謝して、また一年よろしくって」
お祭りに縁がない俊は周りをきょろきょろ見ているので、アニエルの話を聞いてなかった。それにアニエルは気づいたようだったが、何もとがめることはない。
「お祭り、珍しいですか?」
「ああ。ずいぶん小さいときにしか行ったことがない」
「じゃあ楽しみましょう!」
アニエルは俊の手をとり、祭りを楽しみながら村を案内してくれた。
どうやらこの村には通貨という概念がないらしい。露店の店主に頼めば無料で提供してくれる。
「お、アニエル嬢じゃないか。なんだい、デートかい?」
「違うよー、俊くんは恩人なの!」
「そりゃ俺達の恩人でもあるな! ほれ、これ食ってけ」
温かい食べ物が食べたかった俊は、店主から焼いたばかりの串刺しの肉をもらった。
噴水広場のベンチに座り、もらった肉を口にする。
「なにこれ、うまっ……」
「これね、これね、とーってもおいしいの。私も好き! ……ん? 泣いちゃうほどだったか。そうだよね、お肉っておいしいよね」
久しぶりの肉に感動し、嬉しさとおいしさで涙が頬を伝った。
スーパーで好きな食材を手にして好きに加工して食べることができる、そんな生活をしてきた俊。このアナザーに来てから食べたくても食べられなかった肉を食べ、食べ物のありがたみが痛いほどわかった。
「もっと食べる?」
アニエルは同じ露店に行ってきたようで、同じものを両手に持ってきた。
俊は静かにうなずく。
結局三皿分をぺろりと平らげた。
「最後はね、パーンってやるよ?」
アニエルは両手を大きく広げて言う。あまりにも説明が少なく、よくわからない。
すると、空に大きな花火が上がった。
「ほら、パーンって!」
「なるほど」
一発だけではなく、赤、青、緑……様々な色の花火が何発も打ちあがる。
祭りに来ている人々はみな足を止め、空を見上げた。
しばらく打ちあがった花火はやがて終わり、空は暗くなる。
「おしまいかあ。どうだった? 楽しかった?」
花火が終わっても空を見上げていた俊の袖をひっぱり、アニエルは聞いた。
アニエルの顔は「楽しかったに違いない」そんな風に書いてあるようだった。
「ああ、悪くないな。こういうの」
「でしょでしょ!」
アニエルは嬉しそうだ。スカートをひらひらとさせながらくるくる回る。
「あ、もう帰らなきゃだよね。俊くんはどこに住んでるの?」
「森の」
「森の中のあの家かな? あそこ空き家なの。誰も住んでなかったんだけど、俊くんが今住んでるんだね。前に住んでた人、どっかいっちゃってて、住みたい人がいれば使っていいよって言ってた! ここから近いよね」
アニエルは食い気味に話す。
あの家は住んでいる人がいないのか。使っていいと言ってるんだから遠慮なく使わせてもらおう。
「近いのか?」
俊は気を失っている間にこの村に運ばれていたので、地理がわからない。
「うん、近い! 案内するよ」
「いや、もう暗いし……」
「大丈夫、大丈夫。本当に近いから!」
夜に女の子を森に向かわせるのは危ないのではないかと思う。しかし本人は行く気満々だ。
「……じゃあお言葉に甘えて」
「れっつごー」
アニエルは元気よく森の方向へと歩き進めるのであった。
俊はアニエルの明るさに戸惑いながらもその後に続く。
アニエルの言う通り、村から家までは近かった。
森に入る道がある程度整備されており、その道なりに進んで十分ほどしかない。今まで家の入口が向く方向ばかりを探索してきており、家の裏の道が村に続いていることなんて知らなかった。
「ね、近いでしょ?」
「知らなかった……」
「じゃあ私はここで帰るね! たまには村に顔出してよね」
「でも用ないし」
「もう。用がなくても、顔を見るだけで安心するでしょ。みんな心配するんだから」
「ふーん……そんなもんなの?」
「そうだよ! じゃあね」
アニエルは手を振って、通ってきた道を戻っていく。その姿を見送る俊。数歩歩いたところで、急にアニエルは足を止めて振り向いた。
「俊くん! 初めて見た時よりもいい顔してるよ! じゃあね!」
アニエルは今度こそ走って帰って行った。
俊は言われたことがよくわからなかったが、自分の顔に手を当てる。鏡もないので顔の変化はわからない。わかるのは、お腹いっぱいで体の調子がいいことぐらいだ。
「まあいいや、寝よ。あれ? あ、そうか」
家の扉の前には、桃色のウサギが小さく丸まっていた。離れたところから見れば毛玉だ。もし灰色だったらただの埃に見えるだろう。
「キュウ……」
「わり、置いてきぼりだったよな」
うるんだ目でウサギは俊を見た。そんなウサギを俊は抱き上げて家に入り、木の実をあげた。しかし、食べようとしない。
「キュウ?」
「もう大丈夫だって。食事には気を付けるよ」
「キュン!」
ウサギに心配されていたようだ。自分は大丈夫だということを伝えると、ウサギは嬉しそうにしながら木の実を食べ始めた。
自分だけならどうなってもいいやという考えだったが、アニエルだけでなく、ウサギにまで心配されてしまい、今後は気を付けようと心に決めるのであった。
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