08 赤い髪の少女

 何をしたらよいのかわからないまま、近場の木の実を食べて暮らして何日、いや何週経ったのだろう。日が落ちたら眠り、朝日で目覚める。いちいち数えてはいない。

 この家に勝手に住んでいるが、持ち主らしい人は一向にやってこない。それどころか人に会っていない。人以外の生き物は度々見かけたが、何とかして見つからないように逃げ、そしてこの家で過ごしてきた。


 食料として、本で調べながら色々な実を食べたが、正直かなり飽きてきている。育ち盛りの年齢だ。もっとがっつりと肉を食べたい。それと温かいものを食べたい。毎回常温の木の実では飽きる。

 何日も木の実生活をしていたせいか、なんだか力が弱くなった気がする。それを確かめる術がないからはっきりとは言えないが。


 しかし、遠出できるような体力はなくなった。これは確かだ。歩いていても、すぐに息が上がってしまうのだ。体の痛みはなくなったものの、体力のせいで活動できる時間が少ない。だから遠くへ新しい食べ物を採りに行くことが出来ず、似たような木の実での生活を続けるしかなかった。



「うわ、目がちかちかする……」


 たまにだが、視界の色がなくなる。しばらく安静にしていれば回復するが、それでは食事に困る。雨などで外に出られないときのために、数日分の食事には困らないようにストックしているが、できる限り外に出ることにしている。


「おい、外行くぞ」

「……キュン……?」


 ウサギは心配そうに顔色をうかがう。

 俊はそんなことをお構いなしに、外へ出た。



「きゃああああああ!」


 外へ出てすぐに響き渡る叫び声。

 何事かと俊は声のする方へと足を向けた。


「いやっ! 来ないでっ!」

「グギィィ」

「グギャウ!」


 長い赤い髪を持った少女の前に二匹の生き物。少女の背には大きな木。逃げようにも二匹の生き物が目の前にいるので逃げられないようだった。それらの耳はとがっており、緑色の肌をしているのが確認できる。俊よりも小さいが、手には木の棍棒を持って振り回しているので危険だ。


「きゃっ」


 俊の勘は的中率し、棍棒が少女の頭に当たり、少女が倒れた。額からは血が出ていた。

 それを見た俊は考えるより先に、体が動く。


「こんのやろっ!」

「グピッ!?」


 棍棒を振り回し、少女を殴った一匹に蹴り込む。

 体力も落ちているため、喧嘩三昧だった日々よりも威力が弱い。それでも頭に決めたのだから、多少はダメージをくらうはずだ。

 蹴られた生き物は頭を抱えてうずくまっている。


「ぜぇぜぇ……どうだ。って、うわっ! てめっ、このやろっ!」


 蹴りを決めてすぐに、もう一匹が俊に向けて棍棒を振る。喧嘩でバットを振り回す不良と姿が重なった。行動を起こした直後は狙われやすいことを喧嘩から学んでいる。そんな不良たちよりも動きが大きいため、難なくかわすことができた。再び棍棒を振り上げた隙を突いて今度は拳を顔にヒットさせる。

 二匹は一度顔を見合わせると、慌てて逃げ出した。



 逃げ去った姿を見ながら、俊は肩で息をする。

 こんなにも弱くなっていたのかと自分の拳を見つめた。

 そしてふと視界に先ほどの少女が入る。少女の目は物凄く怯えていた。この怯えた目を何度も見たことがある。喧嘩を見ていた人達が同じ目をしていた。喧嘩を最初から最後まで見ていた人だって、誰もが怯えた目で俊を見た。そして誰も俊に近づくことなく、助けることもなかった。そんな怯えた目をした人は皆、俊から離れていったのだ。

 少女も同じく、俊から逃げるように走り去った。


「そりゃそうだよなっ……やべ、ぼやけて……」


 去った少女の後ろ姿を見ていたが、だんだん視界がぼやけて歪む。体にも力が入らなくなり、膝から崩れるように倒れた。そこで俊は意識を手放した。




 ハッと目を開いて見えたのは、木でできた見た事のない天井。

 首を傾ければ、窓から夕陽が差し込んでおり、俊の傍に透明の液体が入った点滴袋がかかっていた。そこから出た管が俊の腕へと繋がっている。

 体は動く。だが、ふかふかの白いベッドが心地よいので出たくない。いつもソファーで寝ているし、あのボロボロのアパートの布団だって使い古しているので薄べったい。こんなにふかふかな場所は経験したことがない。

 気持ちよくベッドにうずくまっていると、コンコンと扉をノックする音が響き、誰かが入ってきた。


「お目覚めになられたのですね、よかった。お体、いかがですか?」


 ベッドサイドにあの襲われていた赤い髪の少女が立つ。

 俊はその少女へと顔を向けた。


「悪くない」

「それはよかったです。お礼がまだでした。ゴブリンから助けていただき、ありがとうございました」


 少女は手を前にそろえて、丁寧に頭を下げた。そのしぐさから、生まれがいいことがわかる。

 よく見ると少女の額には包帯がまかれていた。


「あんたその頭……」

「私はアニエルです。みんなに見せたらこんなに包帯まかれちゃいました。でも大した怪我じゃないんです! 心配しないでください」

「そう」


 俊の言いかけた一の質問にアニエルという少女は三ぐらいで返す。今まで会話する相手は不良か先生か、その二択だったため、うまく会話を続けられない。


「……」

「……」


 二人は沈黙した。少女は大きな青い瞳で、口角をあげたまま俊を見ている。俊はぐるぐると頭を働かせて、何か言うことないかと必死に考えていた。


「あ、あれってゴブリンってい……」

「あれはゴブリンです! 棍棒を持っていたので、かなり下っ端のゴブリンだと思います。もっと上のゴブリンにもなると、石で作った武器だったり、魔法とか弓を使ったりしてきますからね」

「あ、うん」


 アニエルは俊の質問に食い気味に答える。


「ここってど」

「ここは私が住んでいる村の診療所です。下が診察室になってます。村唯一の診療所なんです。小さい村なので一か所でことたります。すごい顔色がよくなかったので、誰か人を呼びに行ったらあなたが倒れてしまっていたんです。ああ、そうそうお名前は?」

「花崎俊だけど……」

「俊くんですね! もしかしてあまり食べてないのですか? 目の周りがすごい色してます。この点滴に栄養剤も入ってますけど、何か食べます? 持ってきますね」

「あ、ちょ……」


 アニエルは止まることなく話し続け、ドタバタと部屋を出て行った。それはまるで嵐のようだった。

 嵐の後の静けさ。誰もいなくなった部屋で、俊は瞳を閉じた。

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