07 拠点

 翌朝。

 息苦しさで目が覚めた。目を開けばフワフワとした毛。顔の上に桃色のウサギが乗っていたのだ。壁に背を付けて座った状態で寝ていたはずが、いつの間にか横になって寝ていた。それに伴いウサギも膝の上から移動していたようだ。

 ウサギの首元をつかんで持ち上げ床に降ろす。そして俊も体を起こした。固い床で寝ていたから腰が痛い。もちろん昨日の怪我も痛むが。


 眠い目をこすり、周りを確認する。玄関の扉についている小さな窓からは朝日が差し込んでいた。

 昨日見つけた家。誰かが中にいる気配はやはりない。


「トイレ……」


 水分の多い実を食べた。そのせいもあってすごくトイレに行きたい。男だし外で用を足すことにそこまで抵抗もないが、できればトイレを使いたい。誰の家なのかもわからないが、中を探索しはじめた。


 玄関入ってすぐ左には広い部屋。一面がガラスになっているので、太陽光が入って明るい。部屋の奥には料理できるスペースもあるようだ。詳しくその部屋を調べることなく、玄関からまっすぐ進む。

 突き当りまで進むと、右には扉。俊の予想ではここがトイレだと思ったのだ。扉を開けば予想通り、トイレとなっていた。

 世界が違ってもトイレって同じなんだな、と思いさっそく使う。


「ふう……スッキリ」


 トイレはちゃんと水も流れるようになっていた。しかも意外と綺麗で満足だった。

 スッキリした俊は、今度こそ、この建物の中を探索する。


「キッチン……」


 先ほど見た部屋の奥にあった、料理スペース。

 よく見るとうっすらと埃をかぶっている。水道はあるものの、ガスはないようだ。代わりに窯のようなものがある。

 食器棚もあるものの、食器という食器はほとんどない。平たいお皿が数枚、茶碗が一つ、カップも一つ。この家を使っていたのは一人暮らしなのだろう。

 勝手に引き出しを開けるのは悪いと思ったが、食器を使っている気配がないため引き出しの中も確認する。

 食器棚の引き出しに入っていたのはスプーン、フォーク、箸、それぞれ一つずつ。どれもあまり使われてなさそうだ。

 大きい棚のわりには他に何も入っていなかった。

 次に見たのは水道。ちゃんと水は出る。そんな水道の隣のスペースにはまな板と包丁が立てられていた。これも埃をかぶっている。


「料理しない人なんだな」


 キッチンだけでよくわかった。


 ふと視界に入った部屋の隅のビニール袋が気になった。透明なビニールなので中身が丸見えだ。そこから見えるのは見覚えのある経口ゼリーだった。一つだけということでもなく、袋の中に入っているのはすべて同じ経口ゼリーの残骸。味こそ違うものが複数入っているが、ここまで経口ゼリーを摂っているということはそうとう忙しいのか、それとも他の理由があるのだろうか。

 このアナザーに見た事があるゴミがあるのだから、きっと誰かが買ってこの世界に持ってきて、そして暮らしていたのだろう。


「キュン!」

「あ? ああ、俺もご飯食べよ」


 足元にウサギがやってきた。俊のポケットに顔を近づける。その行動で、まだご飯を食べないことを思い出し、ポケットから木の実を取り出す。


「そういえば、もう光ってないんだな」


 ウサギはもう光を放っていなかった。最初に見かけたときと同じ、桃色の毛に包まれている。


「はいよ」


 俊とウサギは青い実をそれぞれ食べ始める。

 今日のご飯は今持っている実で足りるかもしれないが、明日からどうしようかと考えながらもむしゃむしゃと黙って食べるのであった。



 実を一つ食べ終え、探索を再開する。

 キッチンの前の部屋には三人が座れるぐらいの大きいソファーとテーブル。壁際には本棚があり、難しそうな本が並んでいる。

 その一つを手に取り開いてみる。オタヤにもらった本と同じような文字が並んでいるので、全く読めない。すぐに閉じて本棚に戻した。

 並んでいる本の背表紙を見ていく。読めない文字だらけだが、一冊だけ日本語が書かれていた。

 その本を取り出し、確認する。どうやら他の本に書かれている文字を日本語に訳すための本のようだ。折り目がついてたり、ページが破れていたり、使い込まれた形跡が見られる。

 この本を使えば他の本も読めるのでは、と思った。しかし、俊は勉強が苦手だ。まともに授業を聞いていたのは小学校低学年までだろう。絵だけなら漫画のように読むことができるが、あれこれ考えながら本を見ることは難しい。

 気が向いたら――まあ向かないだろうがこの本を使うことにしようと、本棚に戻した。


 この家に、二階はない。平家の作りで部屋と言えば今いる部屋とキッチンのみ。収納のための部屋もなかった。荷物という荷物が何もないので、家の持ち主について料理しないということ以外はなにもわからなかった。



「外行くぞー」

「キュン」


 十分中を探索したので、ウサギを連れて外へ向かうことにした。念のため、食料を探しに行くのだ。

 ウサギは俊に呼ばれると駆け寄って着いていく。


 あまり離れた場所に行ってしまうと戻れなくなる可能性があるため、地図を持って外に出る。

 昨夜は暗くてわからなかったが、ここは木がまばらになっており、空がよく見える。雲なき青空、太陽が輝いている。


「なあ、お前、うまそうな飯を探してくれよ」


 ウサギに話しかける。

 すると理解したのかウサギは耳を動かし、反応した。そしてすぐに走り始めたので、俊も続く。

 走って向かった先にあったのは湖。それもかなり大きい。水は澄んでおり、魚が泳いでいる姿も確認できる。ウサギはその湖の傍で育つ木の前で止まった。


「これ……お前はこの実が好きなのか?」

「キュン」

「そうか。じゃあとっておこう」


 実っていたのは朝食べたのと同じ青い実。

 ウサギは嬉しそうに木に前足をかけている。

 俊は実をいくつも採る。そのうちの一つをウサギにあげると、勢いよく食べ始めた。


「食べられる実って他に何があるのかわからないから、しばらくはこれを食べるしかないな……」


 オタヤにもらった実もあるが、まだよく見てない。帰ったら図鑑で確認しようと決めた。


「ポケットいっぱいだし、戻るぞ」


 青い実をポケットいっぱいにし、さらには両手で実を抱えるように持ってあの家に戻る。さほど離れていないのですぐに戻ることが出来た。


 家に戻り、実をキッチンに置く。

 痛まないうちに食べるためにも、わかりやすい所にあった方がいい。


 オタヤに貰った本と木の実をテーブルに並べる。本は色順で並んでいるため、並んだ実を調べることは簡単だった。


「この実がこれだろ? んでこのトゲトゲの実はこれか」


 オタヤが集めてきたのだから食べられることに間違いないだろう。しかし念のためと、一つ一つを調べる。

 調べるという作業に慣れていないので、非常にゆっくりだが、着実に頭に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る